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賢い個人は「安倍リスク」も踏まえて動く


賢い個人は「安倍リスク」も踏まえて動く

日本経済研究センター主任研究員 前田昌孝

2012/12/26 6:00
日本経済新聞 電子版

 26日には特別国会が召集され、自民党の安倍晋三総裁が首相に指名される。それにしても日銀を打ち出の小づちのように使おうとする安倍氏の経済政策には、賛否両論がある。最大の懸念は円への信認の崩壊。そこまでの想定は行き過ぎだとしても、かねて日銀が説明していた通り、積極的な金融政策によっても実体経済が好転しない可能性もある。賢い個人投資家はアベノミクスが失敗するリスクも踏まえて分散投資に取り組まざるをえない。

 金融機関に勤めるある40代の男性は「自分の金融資産の約半分を国際機関が発行する外債など、外貨建て商品にした」と話していた。すぐに国債が暴落し、金融機関の経営がおかしくなることはないと見るが、やはり、安倍氏の発想には一抹の不安を感じているという。別の50代の男性は「海外不動産投資信託(REIT)の保有を増やしている」と話す。

 これまでの日銀が取り組んできた金融政策には合格点を与えることはできないが、かといってインフレ目標を掲げ、どこまでも金融を緩和するような発想にも「危うくてついていけない」(金融機関OBの60代の男性)との声は多い。政策の中身もさることながら、中央銀行の独立性をないがしろにするような一連の発言に対して、警戒感を抱く人もいる。

 主要閣僚の人選にしても、財政運営の都合で金融行政がゆがめられるのをけん制するために、14年前に財務省から金融庁の前身の金融監督庁を分離したのに、その判断の是非を総括することもなく、麻生太郎副総理兼財務相に金融担当相も兼務させる方向で調整しているのは、理解しにくい。金融機関に無理な貸し出しをさせる下準備かと勘繰りたくなってしまう。

 アベノミクスはひょっとしたら成功するかもしれないし、筆者も成功を望んでいるが、失敗する可能性も無視できそうにない。いわば大きな賭けだ。個人の資産形成は自己責任だから、投資家、あるいは生活者の立場としては、さまざまな資産に分散投資をして、経済の予想外の変動から、自らの資産を守らざるをえないだろう。

 どんな点にリスクがあるのか。第1に2%のインフレ目標の設定が今の日本経済の実力から見て高すぎる恐れがある。2%程度の値上がりならば大したことがなさそうに見えるが、消費者物価指数を構成する588品目のうち、2000年以降に年率平均2%以上上昇したのは、19品目しかない。生鮮食品を除くと、灯油、指輪、たばこ、出産入院料、ガソリン、プロパンガスだけだ。

 その多くはコストプッシュ。つまり、原材料価格や税金の上昇に伴って値上がりした。安倍氏は金融緩和によって景気を好転させ、ディマンドプルで物価を引き上げようと考えているのだろう。しかし、日本経済の需要と潜在的な供給力の差を示す「需給ギャップ」は、内閣府の試算では4~6月期の10兆円から7~9月期に15兆円に拡大したばかり。デフレ脱却はどう見ても遠のいている。この状況を逆転させようと思えば、金融政策に相当の無理がかかるのは必至だ。

 第2に「異常な円高」の是正を大目標に掲げていることも、やや実態とずれている。米労働省がまとめている製造業雇用者報酬の国際比較の最新版によると、2011年の社会保険料などを含む時間当たり報酬は日本が35ドル71セントと米国の35ドル53セントをわずかに上回るだけにとどまっている。ドイツの47ドル38セントやフランスの42ドル12セントに比べると、大幅に低賃金だ。

 米国の時間当たり報酬を100にしたグラフを見ても、円高だからといって日本の雇用者報酬が他の先進国と競争できないほどに高くなっているわけではない。11年の日本の報酬を米ドル換算するときに使用した為替レートは1ドル=79.6967円だった。直近の1ドル=84円台のレートで換算すれば、日本の雇用者報酬は先進国のなかで、割安の部類に入るだろう。

 韓国の時間当たり報酬の18ドル91セントに比べれば、日本の報酬は高いから、主要競争相手が韓国である以上、さらに円安を目指すべきだとの考え方もあるかもしれない。しかし、円安によって輸出が増えても、天然ガスなどを高く買わなければならない。やはり円安誘導よりも、先進国にふさわしく高付加価値で魅力のある製品の開発で苦境を乗り切ることのほうが王道だ。

 第3に、中央銀行への信認が揺らぐことへの懸念だ。選挙に落ちればただの人である政治家は、選挙に勝つための短期的政策を好む。中央銀行にも圧力をかけたくなる局面もあろう。しかし、短期的な効果を狙った政策は中長期的な国家の繁栄や国民の利益につながらない恐れもある。金融政策のエキスパートを中央銀行に集め、政府から独立した政策判断を委ねることで、安定と成長のバランスを追求するのが、先進資本主義国の知恵だったはずだ。

 どこの国でもきれいごとばかりではないかもしれない。しかし、この点は先進国の多くは、国民にはあらわにならないように、あうんの呼吸でやってきた。安倍氏からのあからさまな圧力に対し、日銀は政府とアコード(政策協定)を結ぶことによってかえって独立性を担保できる、という論法に出ているが、あくまでも問題は市場がどう受け止めるかだろう。

 いずれにしても、もしアベノミクスが失敗すれば、帰結は日本売り、つまり、株安と円安のどちらか、あるいはその両方だと思われる。日銀が21日に発表した資金循環統計によると、国内株式、投信、外貨預金、対外証券投資(外債、外国株、外国籍投信)の4つをリスク性金融商品と考えた場合、今年9月末の1510兆円の個人金融資産に占める割合は8.7%となっている。

 株式相場の騰落によって多少は変動するが、基本的にバブル崩壊後の20年間は9%前後で推移している。ただ、中身をみると日本株が減り、外貨預金や対外証券投資がじわじわと増えていることがわかる。新政権下では外貨建て商品への分散投資がさらに加速するかもしれない。アベノミクスの失敗の可能性がゼロに近いと言えない限り、賢い投資家は日本売りの可能性も視野の片隅に入れざるをえない。

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