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従業員や取引先に痛みを強いて利益拡大を目指す「不幸な自己資本利益率(ROE)経営」からの脱却

長期株高へ、さよなら「不幸なROE経営」

 円高・デフレからの脱却を目指すアベノミクスで「構造転換」が始まるとみて株価は大きく上がった。株価の上昇を長期化させるもう一つ大切な「構造転換」は、従業員や取引先に痛みを強いて利益拡大を目指す「不幸な自己資本利益率(ROE)経営」からの脱却かもしれない。トヨタ自動車や三菱重工業など、最近相次いでいる一時金の満額回答の動きは、その予兆なのだろうか。

 「1990年代末以降本格化した、株主への利益配分の拡大のために賃金や取引先への配分を減らす経営が、デフレの大きな要因ではないか」。著書「デフレの真犯人」の中でそう指摘しているのは、日経ヴェリタスのランキングでトップ3に入り続けている株式ストラテジスト、北野一氏だ。

 なぜ日本だけ長期にわたってデフレが続いたのか。アジアの安い製品の流入は日本だけの問題ではないし、期間の長さを考えると金融だけでも説明しづらい。吉川洋東大教授が著書「デフレーション」で指摘するなど、このところ、「真犯人」説が高まっているのが賃金の長年にわたる下落だ。

 グラフAは経済協力開発機構(OECD)がまとめた各国の賃金の推移。「日本だけ90年代半ばから下落が続き、同じ時期にデフレに突入し始めている。両者の因果関係は無視できるものではない」(みずほコーポレート銀行のマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏)

 ではどうして日本だけ賃金が下がり続けたのか。経営と対峙しづらい企業別組合など根深い要因もあるが、北野氏は株主からの要求に関係があるとみる。

 「市場参加者の中心が外国人に替わり、外国人から欧米並みの高いROEを求められるようになった。しかし、人口減などで低い成長しか望めない日本にとって、米国並みの高い株主要求利回り(株主コスト)は身の丈に合わない要求。それに応えるため経営者がやりやすかったのは、賃金などを抑えて株主への配分比率を高めること」

 大阪府立大学の野田知彦教授と独協大の阿部正浩教授は共同論文で「すべての計測方法による労働分配率が00年以降に低下。主として賃金の伸び悩みによってもたらされたと考えられる」と指摘している。

 また「金融機関と密接な関係を持つ旧来型の日本型ガバナンスがなされている企業では賃金が相対的に高く、逆に外国人株主の影響が強い企業ほど賃金が低くなる」とも分析。北野氏の仮説と不思議に重なり合う。

 ちなみに銀行などからの借入金の金利(負債コスト)が株主コストより低いのは、業績が良くも悪くも金利は原則的に一律なので貸し手のリスクは小さいからだ。しかし業績次第で取り分が変動する株主からの要求利回り(株主コスト=配当と株価上昇の合計に対する期待値)は、もともとリスクを背負う分だけ高い。

 株主コストが何%であるのかはつかみにくいが、過去のデータからは日本企業の株主全体では7~8%くらいらしいと推計できる(2月4日の「見えざる株主コストが示す1万3000円への道」参照)。これは米国で求められてきた株主コストに近い。確かに、日本企業は株主から米国並みの要求を突きつけられているようだ。

 一方、実際に企業が株主(自己)資本をもとにして稼ぐ利益率がROE(利益÷自己資本)。ROEが株主コストを下回っていると株価は低迷しがちなので、経営者は株主コストを上回るROEを求められる。

 実際には、経営者がみんな株主コストを上回るROEを明確に意識しているわけではないだろう。しかし過去の「従業員中心主義」とまで言われた経営が、今では過度の利益中心主義へ、振り子が大きく振れ過ぎている可能性も否めない。

 利益を増やし高ROEを目指すことは大切だ。日本企業のROEは長く1ケタ代で低迷、15%前後を中心に推移していた米国に大きく見劣りする。低ROEは日本の株安の大きな背景として横たわり続けてきた。そして低ROEの最大の要因は売上高利益率が海外より低いことなので、賃金などを減らして利益率を高めようとする行動は一見当たり前にも見える。

 北野氏は「ROEが低くてもいい、と言っているのではない」と話す。「身の丈に合わないROEの期待に応えようとし、株主以外の取り分を減らすことでデフレが加速して売上高が減少、総資産回転率の悪化でROEが下がる。合成の誤謬(ごびゅう)だ。結果的に実現ROEが低くなるという逆説が起きていることが、もっと考えられてしかるべきだ」(図B参照)

 こうした考え方には「そもそもROE経営はまだ不十分」など、多くの反論もありそうだ。しかし、従来のROEをめぐる議論の大半は「低ROEは悪。米国並みに引き上げることが大事」というあたりで止まってしまう。それは極めて正論だし大事なのだが、株主以外のパイを削ることで高ROEを目指すという「不幸なROE経営」の弊害は、もっと幅広く議論されるべきだろう。

 この春相次いだ賃上げ回答。それは意識転換の始まりだろうか。多くの企業の場合、賃金改善につながるベースアップではなく、あくまで一時金が焦点。単に業績回復をにらんだ一時的な動きであるとも言える。

 ただそれだけとも限らない。ローソンの新浪剛史社長は20~40代の社員の年収を3%上げると表明。セブン&アイ・ホールディングスがベースアップを含む賃上げを実施することが明らかになった。

 背景に見えるのは「このまま賃金デフレが続けば国内の消費は沈滞し、自分で自分の首を絞める」という経営トップの危機感だ。「潮目の変化」が起き始めている可能性もゼロではない。

 従業員や取引先を犠牲にせず高ROEを目指す「幸せなROE経営」とは何か。ブランド強化による利益率向上や、現状では国内より利益率が高い新興国などでの事業展開(経済産業省の海外事業活動基本調査参照)など、様々な選択は考えられる。もちろんどれも簡単なことではないが、挑戦を続けるしかない。

 「不幸なROE経営」がデフレの要因の一つだったのなら、「幸せなROE経営」こそ脱デフレと長期株高の要因になりうるからだ。

 経営者の意思しだいで可能なのは、高い利回りが要求される株主(自己)資本の比率を減らして、国際的に断トツで金利が低い借入金(負債)の比率を増やすことだ。ROEは「利益÷自己資本」なので自己資本比率が下がれば計算上高まりやすい。

 ではどれくらいがいいのか。図Cでわかるように、株主(自己)資本コストより要求利回りが低い負債の比率が上がれば、全体のコストは下がる。ただし負債比率が高まりすぎると倒産リスクが高まって負債コスト、株主コストともに上がるので、増やしすぎるのはよくない。株主資本と負債全体の「加重平均資本コスト」をもっとも小さくする比率は「最適資本構成」と呼ばれ、企業ごとに異なる。

 しかし「多くの日本企業は、負債の比率が最適資本構成に比べてかなり小さくなっている」(公認会計士でもある太田達之助・大和証券SMBCプリンシパル・インベストメンツのプライベート・エクイティ部長)

 いざというときに機動的に増やせる負債の枠を残しておくために、普段は比率を小さくしている側面もあるが、「なんとなく負債は少ない方がいいというイメージを持っている企業が多い」(太田氏)のも要因だ。借入金(負債)金利の国際的に突出した低さというメリットを十分に生かすには、負債比率をもう少し高める選択はあるだろう。

 ソフトバンクは米国通信会社買収の際、資金を株式発行でまかなわず、全額借入金にした。様々な理由があるだろうが「負債を増やして株主資本の比率を下げながら利益を増やし、ROEを高めていくという選択」(広木隆・マネックス証券チーフ・ストラテジスト)が一部で始まっているのかもしれない。

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