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宇宙飛行士の”教官”の「伝える技術」

宇宙飛行士の”教官”の「伝える技術」

美人インストラクターが、NASAに表彰されるまで

世界の宇宙飛行士から「伝える技術」の高さを賞賛される日本人インストラクター、醍醐加奈子さん

人に教えることは、学ぶことよりはるかに難しい。相手のモチベーションを上げ、理解度を把握しつつ、習得すべきポイントは確実に押さえてもらう。しかも教える相手が、分刻みのスケジュールで飛び回るスーパーエリート、宇宙飛行士だったとしたらどうだろう。限られた時間内で効率的に、しかし必要な情報は確実に伝えなければ、命にかかわることだってある。

宇宙飛行士に指導をする先生、それが訓練担当インストラクターである。彼らには、宇宙飛行士以上に膨大な知識を持ちながら、何を伝えるべきかという情報を取捨選択したうえで、的確に「伝える技術」が求められる。世界で、その技術を絶賛される日本人インストラクターがいる。醍醐加奈子さん。この仕事について8年目の若き女性だ。

国際宇宙ステーション(ISS)に実験棟「きぼう」を持つ日本は、「きぼう」で作業をする世界の宇宙飛行士に対して、宇宙実験や緊急時対応などの訓練を行う。その担当者である醍醐さんの人当たりはとても柔らかい。しかしニコニコ笑いながら、情け容赦なく厳しい訓練を課すことから、「オニ」と実にストレートな言葉で呼ばれているという。

2012年1月、醍醐さんは有人宇宙飛行に大きく貢献した人に贈られる「NASAシルバー・スヌーピー賞」を受賞している。宇宙飛行士全員で決めるこの賞は、つわものぞろいのNASA関係者ですらめったにもらえない栄誉ある賞。表彰状には「いつも筑波であなたが笑顔で出迎えてくれると、素晴らしい訓練が待っていることを期待させてくれた」などNASA宇宙飛行士による感謝のメッセージがつづられていた。

醍醐さんは訓練カリキュラムを作る国際会議の日本代表も担当。その能力は日本人宇宙飛行士のエース、若田光一飛行士や世界の訓練関係のマネジメントも絶賛する。

宇宙関係者が賞賛する、その「伝える技術」の極意はどこにあるのか。

科学者かパイロットか、新人かベテランか

「宇宙飛行士の要望を知り、満たすことです」と醍醐はさらっという。しかし、それこそが宇宙飛行士との信頼関係を築くうえでもっとも大事であり、いちばん難しいことなのだ。

宇宙飛行士訓練では「伝えるべき内容」や「習得すべき技術」という“ミニマム”の目標は、ISS参加国の国際調整により決められている。だがどの深さまで、どのように教えるかについては各国に任されるし、誰に対しても一律に行うわけではないという。

「宇宙飛行士と一口に言っても、キャラクターや経歴、バックグラウンドはそれぞれ。それを把握せずに、教科書どおりに教えようとすれば、『そんなの知っている』とか『そこまで知る必要はない』などと言われてしまう。

だからまず、こちらが必ず提供すべき項目を伝えるとともに、『ここを詳しく』という宇宙飛行士の要望や希望を満たすことが大事だと思っています」

自分のニーズを把握し、考慮してくれると伝われば、宇宙飛行士とインストラクターの間に信頼関係が生まれる。一方、ニーズを把握せず、的はずれなことを言えば信用されないのは、世の中のほかの仕事とまったく同じだと醍醐は言う。

たとえば、と例に挙げてくれたのは、パイロット出身の宇宙飛行士とサイエンティスト出身の宇宙飛行士の違いだ。

「サイエンティストは、自分の興味があるところを深く聞いてきます。でも訓練時間には限りがあるので、『ゴメン、今は時間がないから、後にしましょう』と言うこともある。でも本人にできるだけ満足してほしいので、あらかじめ訓練を長めに組むようにする。一方でくどくど説明するのを好まないのが、パイロット上がりの宇宙飛行士。『あなたが教えたいことだけ教えなさい』と言われたりします」

ISSは、世界15カ国が参加する国際協力プロジェクト。「きぼう」日本実験棟では、日本人だけでなく他国の宇宙飛行士も実験を行う。米国、ロシア、ヨーロッパ、カナダから宇宙飛行士が訓練のため日本を訪れる。だが人種による違いはそれほどないという。

「強いて言えば、アメリカ人よりロシア人のほうが真面目にこつこつ作業するという点で日本人に似ています(笑)。でも人種より、経歴の違いのほうが大きい。例えばルーキー(新人)で初めて宇宙に行くのか、既に宇宙に行った経験があるベテランか。

飛行経験がある宇宙飛行士はポイントを掴みやすいけれど、ルーキーはポイントがわからず不安だから全部聞いてくる。その人がおかれた環境や不安を受け止めたうえで、訓練を提供します」

初めての訓練前、まさかの過呼吸に

今ではシニアインストラクターとして若手を教育する立場にもある醍醐だが、最初からうまく指導できたわけではない。訓練インストラクターは認定されるまで1~2年の訓練を受ける。「きぼう」の技術知識を習得するのはもちろん、訓練はほぼ100%英語で行われるため、語学力も必須。

模擬訓練では先輩インストラクターが生徒(=宇宙飛行士)役になり、あえて変な質問を繰り返すなど悪い態度を取り、インストラクション、つまり「伝える技術」を鍛える。技術、語学、インストラクションなどすべての評価項目に受かるまで何度も試験を繰り返す。

醍醐は大学で航空宇宙工学を学び、博士前期過程を終了。2005年に有人宇宙システム株式会社に入社した。当時は「きぼう」打ち上げ3年前で、宇宙飛行士をどのように訓練するかをJAXAと共に開発していた時期。醍醐はインストラクター認定の勉強と平行して、訓練そのものの開発にも携わった。

博士課程まで学んだ醍醐にとっても、「きぼう」の知識を習得するのは厳しかったという。「きぼう」は数百万点の部品から成り、そのシステムは複雑である。さらに開発の経緯から理解しようとすれば膨大な情報量になる。すべてを宇宙飛行士に教える時間はないし、その必要もない。でも教える立場として、聞かれたことは何でも答えられるようにしたい。

「この機器はなぜここにあるのか、なぜこの形なのか。生徒は何に興味を持ってくるかわからない。訓練の場で頼れるのは自分だけ。生徒役の評価者にひたすら質問され、適切に答えながら訓練を時間内に収めないといけない。擬似的な訓練で鍛えられていきました」

醍醐はひたすら勉強し、最短の1年で資格を取得、指導の現場に立つことになる。ところが初めての訓練を行う2時間前、過呼吸を起こしてしまう。

「すごく突っ込んで聞かれるんじゃないかと思う一方で、『その情報いらない』とか『無駄だ』と言われるんじゃないか、とかいろいろ考えすぎて、緊張してしまったんです」

そのときは1時間で回復し、本番を無事乗り切ったが、その後も試行錯誤は続く。知識も経験も足りず、訓練でうまく対応できずに訓練終了後にかげで泣いたこともあった。

訓練後、宇宙飛行士たちに訓練内容についてのアンケートに答えてもらうが、「いい訓練だった」といううれしい評価もあれば、「あの内容はいらなかった」「質がイマイチ」という厳しい意見もあった。醍醐がつらかったのは、相手の要望を把握しきれていなかったときだ。

宇宙飛行士たちから信頼を勝ち取るのは容易ではない(出典:JAXA)

「この人が求めているのはここだろうと思って訓練したのに、アンケートを見るとかみ合っていなかった。訓練途中で言ってくれればいいが、言わない人もいます。反応がおかしいなと思いながら見抜けなかった、こちらにも責任がある。そんなときは悔しい気持ちになります」

宇宙飛行士は頭脳明晰で「1言えば10わかる」人がほとんどだ。それだけに、かゆくて手が届かないポイントを把握することが肝となる。醍醐は悔しい気持ちをバネに経験を積み、徐々に相手の求めるポイントをつかんでいく。

責任感の強い醍醐は、2008年夏、「きぼう」打ち上げ直前に組み立て作業を担当する星出彰彦飛行士を追いかけてヒューストンに飛んだこともあった。最終的な組み立てプランやトラブル対策について、ギリギリまで訓練を行うためだ。必死だった。それらの苦労を宇宙飛行士たちはちゃんと評価してシルバー・スヌーピー賞が贈られた。「宇宙飛行士がそんなふうに見ていてくれたとは思わず、涙が出るほどうれしかった」(醍醐)。

訓練手法はNASAとロシアで対照的だと言われる。NASAはまず実物に触り、操作をしてみて知識を習得する「タスク重視型」の訓練方式。一方、ロシアは先に技術的知識を深く習得した後で操作をする「知識重視型」。日本はというと、相手に合わせてカスタマイズすることから、各国の宇宙飛行士の評判がいい。

しかし、ISSに滞在する宇宙飛行士の訓練は、できるだけ効率化することが求められている。日本を含め世界の宇宙飛行士が最も時間を割くのは米国とロシアでの訓練であり数カ月単位で行われる。

一方、日本での訓練は2週間×3回で計6週間。その間に宇宙実験や緊急対応訓練など多くの項目を課さなければならない。宇宙飛行士はすべての項目を覚えていられるのだろうか?

「忘れてもいい」が、思い出せる仕掛けを

「忘れてもいいんです」と醍醐はあっけらかんと言う。何年も前にやった訓練を覚えていられるはずがないからだ。

「忘れてもいいけれど、必要なときに引き出せないといけない。火災や空気漏れなどの緊急時に現場に立ったときに『あれ、これマズイよね』と思い出せるようにするんです」

醍醐の担当は緊急時対応。だからまず絶対に間違えてはいけない操作に、ポイントを絞り込む。ここに手を突っ込んではだめ、このレバーは引っ張ってはいけない、というように。

「そこさえフォーカスすれば、全体は忘れてもいい。思い出すためにポイントに特化した教材を作り、宇宙で見る手順書に『注意』と黄色に色づけしたりして、“思い出す仕掛け”を作ります」

緊急時対応訓練は、日本に訓練に訪れるたび、「今回は火災」「今回は空気漏れ」などケースを変えつつ、確認する場所は同じにするなど、忘れた手順を思い出すように訓練をくり返す。さらに、宇宙に行ってからも定期的に訓練を行う。小学校や中学校で定期的に避難訓練を行うように、身体で覚えさせるのだ。

実際、2011年6月に古川飛行士がISS滞在中、緊急時訓練を行った直後に、スペースデブリ(宇宙ゴミ)が接近。行ったばかりの手順とほぼ同じ手順を踏み、緊急帰還機に避難することに成功している。

宇宙との交信時は、別の「伝える」技術が必要

宇宙との交信担当には、また別の「伝える技術」が必要とされる。写真手前が醍醐さん(出典:JAXA)

醍醐の伝える技術は、もう1つ別の担当分野でも磨かれている。彼女は宇宙で作業をする宇宙飛行士たちと、地上側から交信する交信担当も務めているのだ。

交信担当には、訓練担当とはまた別の「伝える技術」が求められる。

宇宙と地上との交信には、大きな制約がある。ISS―地上間の回線が2回線しかなく、1回線はロシア語用。もうひとつの回線を使ってNASAの2つのセンターと日本、ヨーロッパの交信担当がISSにいる複数の宇宙飛行士たちと交信する。つまり交信が殺到するのだ。

「あまりタラタラと話していると『さっさとして!』とプレッシャーをかけられる(笑)」(醍醐)。

少ない言葉で確実に意思疎通を図らなければならない。しかし短い単語を使えば済むというわけでもない。大事なのは「先を読むことだ」という。

「現在、宇宙飛行士がやっている作業の内容を把握して、あと数ステップ先に困りそうなポイントがあったら、『チェックポイントが来るよ』と早めに伝えるんです」

醍醐が最も気を遣うのは、伝える「間合い」だ。宇宙飛行士が何か作業を必死に行っているときに声をかけると、作業のペースを崩すことになる。とはいえ、チェックポイントを伝えないと「もっと早く言ってくれればよかったのに」と後で言われかねない。

そのタイミングと言葉のかけ方は、今でも試行錯誤だ。「きぼう」内に宇宙飛行士の様子を写すモニターカメラはあるが、1カ所にしかなく解像度も悪いので、実際の手元の様子がわからない。

宇宙飛行士の動きがぴたっと止まったりすると、『助け船出したほうがいいかな』と迷う。行っている作業の複雑さにもよるが、少し待って醍醐は声をかけることにしているという。実際、2012年にISSに滞在した星出飛行士には、絶妙のタイミングで相手の求める情報を提供でき、「今聞こうと思っていたところだよ」と感謝されたという。

肝っ玉母さんを“演じる”

声をかけるタイミングとともに、醍醐がつねに自らに課しているのは「平常心」だ。

「宇宙で異常が起こったときは、地上の管制センターは騒然としてピリピリとした緊張感に包まれます。でも同じ緊張感で宇宙飛行士に話しかけても、余計に不安をあおるだけ」

緊急事態で焦っても、メリットはひとつもない。「だからまずは平常心を保って、話を聞ける状態を作るのが自分の役割」(醍醐)

若田飛行士は宇宙でトラブルが起こったとき、地上の交信担当のどっしり落ち着いた声がオアシスのように感じたそうだ。苦境にあるときこそ、交信担当者は「肝っ玉母さん」を演じ、相手に心理的余裕を与えることで、窮地を脱することもできるのだ。

交信担当は宇宙と地上をつなぐパイプ役であるとともに、宇宙飛行士にとって砦でもある。管制官や実験を行う研究チームからは、宇宙飛行士に対して「これを伝えて」、「あれを確認して」という要望が殺到する。しかし、すべてを伝えれば宇宙飛行士を混乱させかねない。

声で伝えられることは限られる。「困っていることがあれば仕草でわかります。逆に地上で私たちが困っているときも、『何か助けることある?』と宇宙から声をかけてくれる」

「伝える技術」の根底にあるのは、相手の立場に立って信頼関係を築くこと。そしてひとつの大きな目的に向かうという共通の目標設定だ。

そこをしっかり築くことができれば、宇宙と地上という空間も時間の壁も超えられる。もしかしたら、地上の同じ部屋で机を並べながら、意思疎通を欠く同僚同士より、しっかり心を通い合わせることができているのかもしれない。

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