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2014年1月

「もう贅沢批判は止めた方がいい」ビジネスジェットは贅沢品か 堀江貴文氏に聞く

 航空会社の定期便が就航していない都市や時間帯でも利用でき、機密保持の観点でも有用なビジネスジェット。世界ではビジネスに欠かせないツールとして認知されているが、日本では贅沢品というイメージが依然根強い。

専用CIQ施設を備えるビジネスジェット専用ターミナル「プレミアゲート」=12年3月30日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 2010年に国土交通省が掲げた成長戦略では、羽田・成田両空港が我が国の成長を牽引するには、国内外で高まるビジネスジェット需要も取り込む必要があるとした。成田については、12年3月にビジネスジェット専用ターミナル「プレミアゲート」が完成。駐機可能な期間も最大30日に延長された。

 一方で、ビジネスジェットの需要がもっとも見込まれる羽田については、制約が多い。昼間時間帯(朝6時から夜11時まで)は、1日最大8回までという制限を設けているからだ。

 国土交通省航空局(JCAB)の航空戦略課によると、ビジネスジェットの発着枠は、政府専用機や国賓の航空機、飛行検査機などが用いる「公用機等枠」に含まれる。この中でも、ビジネスジェットの優先順位は低いため、仮に国賓が多数来日する場合などは、ビジネスジェットが発着枠を使用できなくなる。あくまでも「最大で」8回なのだ。このため、制約が多い昼間については、「希望する時間帯に利用できないことがあるので、成田を使う人が圧倒的に多い」(航空戦略課)という。

 ビジネスジェット業界の関係者によると、ビジネスジェットの発着枠は、報道機関が使用する機体の訓練飛行よりも優先順位が低いそうだ。

 記者が日経ビジネスオンラインで毎週水曜日に連載している「天空万華鏡」の今週1月29日掲載分「日本はビジネスジェット後進国?」では、日本におけるビジネスジェットの現状を取り上げ、ライブドアの社長時代にビジネスジェットを保有していた堀江貴文氏に使い勝手などを聞いた。

 堀江氏は現在、液体燃料ロケットを開発する企業「SNS株式会社」のオーナー。自ら自家用機のライセンス取得を目指している堀江氏に、その目的などを聞いた。

日本のビジネスジェットを取り巻く状況について「もう贅沢批判は止めた方がいい」と語る堀江氏=13年12月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

──ビジネスジェットを保有していた期間は。

堀江氏:2005年秋頃から2008年ぐらいまで。乗っていない時期は貸していました。リーマンショックが起きた後までは持っていたけど、あれで価値がガーンと落ちた。何億円か価値が下がったんじゃないかな。

 乗っていたのはガルフストリームIV。G550を発注していたので、“つなぎ”ですね。

──現在手掛けられている宇宙ロケット開発の拠点は北海道。東京からの移動手段はどうしていますか。

堀江氏:最寄りの十勝帯広空港には、羽田から結構便が飛んでいます。反面、(民間機の安全確保のため)ロケットの打ち上げには制約が出てしまいますね。

──ご自身がライセンスの勉強をされています。

堀江氏:勉強する時間があったのと、打ち上げたロケットを捜索する際に、飛行機のほうが探しやすいから。ロケットは回収しなければ実験の意味がないんですよ。北海道内を飛行機で移動したいのも理由のひとつ。

 (打ち上げ実験を行う)大樹町には1000メートルの滑走路が航空公園内にあり、セスナ機だったら降りられる。いまはマネージャーにライセンスを取らせています。

──機種は決めていますか。

堀江氏:まだ決めていないが、高高度を飛びたい。

──ライセンスの勉強をしてみた感想は。

堀江氏:航空工学や無線の勉強をしたので、ロケット開発にも役立ちますね。

──移動手段としてどう活用したいですか。

堀江氏:ロケット以外にも仕事をしているので、移動時の選択肢を広げたいです。航空会社の便では時間の制約が多い。

 飛行機で移動しなければならないくらい、忙しくしないとな、という気持ちがあります。

──機体はどこに置くことを考えていますか。

堀江氏:まだノーアイデア。整備との兼ね合いになると思います。海外への移動などを考えると、(登録番号が)Nナンバーの米国籍機にしたほうが良いかも。(日本籍の)JAナンバーにするメリットはないのでは。

──日本ではビジネスジェットや自家用機の普及がまだまだです。

堀江氏:もう贅沢批判は止めた方がいいでしょう。日本は空港がたくさんあるのにもったいない。

──要望を挙げるとすると、どんなことがありますか。

 羽田をもう少し開放するのと、整備拠点を充実させてほしい。整備は中国に拠点ができてきているので、中国でも良いかもしれないけど。

 ただ、僕個人としては、今後日本にあまりいなくなるかもしれないですね。

  ◆ ◆ ◆

 堀江氏も指摘しているように、日本には地方空港が数多く存在しており、これを活用すべきだ。これまで日本の空港は航空会社の定期便運航を前提としてきたが、ビジネスジェットを利用しやすくすれば、地方空港も着陸料収入などを得られるようになる。しかし、日本のビジネス需要が羽田空港を中心としている以上、羽田の規制緩和も同時に実現していく必要がある。

 羽田では3月の国際線ターミナル増床により、ビジネスジェットが乗降用スポットを定期便が使用しない時間帯に限り、利用できるようになる。また、昨年の規制見直しにより、外国籍機が日本に飛来した場合、二地点間の移動ができるようになった。

 例えば従来、海外から成田へ到着し、関西空港から帰国するルートは認められていなかった。これが見直しによって運航できるようになったのだ。緩やかながらも、動きは見られると言って良いだろう。

 ビジネスジェット業界からは、「国交省の上層部は国益にかかわる問題なので、改善すべきという空気だが、各空港の発着枠の許認可になると“贅沢品”のイメージを引きずっている」という声が聞こえる。

 航空戦略課によると、羽田でのビジネスジェット用発着枠の増枠は当面難しいという。一方で、公用機等枠の優先順位付けは、発着枠とは切り離して議論できる課題だ。限られた羽田発着枠の有効活用策は、まだまだあるのではないだろうか。そして何よりも、ビジネスジェット=贅沢品という考えから脱却することが、日本に求められている。

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おしゃべりな人はなぜ運がいいのか 茂木 健一郎:世界一の発想法

おしゃべりな人はなぜ運がいいのか
茂木 健一郎:世界一の発想法

2014年01月28日(Tue) 茂木 健一郎

世の中には、邪魔なもの、ムダなものだと思われているが、実際には役に立つもの、大切なものがある。

「雑談」はその1つの例であろう。雑談をしている時間は、ついつい「ムダ」なものだと思われがちだが、実際には大切な役割を担っている。

たとえば、取引先と打ち合わせをしたとしよう。1時間、始まりから終わりまで、ぴたりと仕事の内容を話し続ける。効率がいいようでいて、実は発展性がない。

冒頭の5分間でも、あるいは、要件が終わった後の10分間でも、関係のない世間話をする。そのことによって、相手の人間性がわかったり、思わぬ共通の知人が見つかったり、さまざまな背景知識が得られることが多い。

仕事の打ち上げで飲むのは、典型的な雑談の機会だろう。終わったばかりの仕事の反省をする、ということもあるけれども、そのうちに雑談になる。そのときに、「またやりましょう」とか、「今度はあそこで」とか、新しい仕事の種が見つかることは、実際に多い。

雑談は、セレンディピティ(偶然の幸運)が花開く土壌である。「A」ということを目的に行動していて、偶然別の「B」に出会い、それが人生に新しい展開をもたらす、というのがセレンディピティ。仕事でも、プライベートでも、雑談をすることが、セレンディピティへの道筋となる。

ところで、雑談は、まじめに考えてみると、大変奥深い。何しろ、事前に準備することができない。どんな内容が話題になるか、予想することができない。

「こんな話題を」と時事ネタを準備していくことはできる。しかし、相手の話の内容によっては、どんな方向に発展していくかわからない。予想外の方向に話が流れていっても、臨機応変、柔軟に対応できなければ、「雑談力」の高い人にはなれない。

雑談力を支えるのは、側頭連合野に蓄積されたさまざまな知識や経験。1つの話題から、どれだけ多くの関連した話題を「連想」することができるか。その点にこそ、雑談力が表れる。

つまり、雑談力を鍛えるためには、好奇心の強い人でなければならない。世の中の森羅万象、さまざまなことに、イキイキとした興味を持ち続ける。会話の中で、相手が発した一言に、眼を輝かせる。結局、雑談の成否は、過去の自分の好奇心の働きの、総合的な「通知表」であると言ってもよいのだ。

商談も、時には世間話を交えつつ進めたほうが、次につながることが多い。(写真=PIXTA)

雑談には、隠れた大切な働きもある。すなわち、相手が考えていること、心の中で思っていることを「探り当てる」ということである。

仕事でも、プライベートでも、相手が今何を感じ、望んでいるかを知ることが大切である。さまざまな話題を振り、それに対する相手の反応を見ることで、気持ちを推測することができる。

雑談は、マジシャンやメンタリストが用いる「コールド・リーディング」の手法に通じるところがある。さまざまな話題を振り、相手の反応を見ることで、さりげなく、相手の真意を探る。やり手のセールスマンや、熟練したカウンセラーなどは、実質上のコールド・リーディングの手段として、雑談を用いる人が多い。たかが雑談、されど雑談。何気ない会話の中に、無限のコミュニケーションの可能性があるのである。

雑談は、1つのバロメーターでもある。話題がどう転ぶかわからない、一見ムダな雑談を楽しめる脳は、健康である。雑談がうまくいく人間関係は、良好である。雑談の「今、ここ」を楽しみたい。

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非正規雇用者と小泉政権の関係

2002年頃から急激に非正規雇用者数が増えている。
2001年に小泉政権が行った政策が関係しているのか?


結論は小泉改革の規制緩和路線の結果だ。
小泉政権が生まれた当時、日本はバブル崩壊とそれによる景気の低迷、不良債権の処理など多くの問題を抱えていました。(失われた10年とか言われますね)小泉政権以前より、それらの解決のために色々と規制緩和路線が採られ始めていました。

で、小泉内閣が誕生し一気にその路線が加速しました。

・「派遣労働者」が使える業種の適用範囲の拡大。
・ペイオフの解禁
・株式市場の規制緩和

などなど、様々な規制緩和による市場環境と労働環境の変化が主な原因でしょうか。
ただ、こうした規制緩和の結果、日本は「いざなぎ景気越え」と言われる6年連続の経済成長を実現したのも事実です。

問題は、この経済成長が上手く回っていないということでしょうか。
企業は、この規制緩和によって利益を上げていったのですが、その利益は従業員の給与には回らず、設備投資や投資家への配当に多くが回ったと言われています。
結果として、非正規雇用の増加と給与額の減少が起こり、それが内需を押し下げていると考えられています。

小泉改革の功は、規制緩和により景気回復へと導いたこと。
小泉改革の罪は、貧富の格差に対処するためのセーフティーネットの充実を怠ったこと。

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「尊厳死」 法制化の動き 安楽死とどう違う? 賛否は?

「尊厳死」 法制化の動き 安楽死とどう違う? 賛否は?

 末期ガンなどに侵され、回復する可能性がない患者の意思に基づいて延命措置を施さない「尊厳死」を法制化する動きが出ています。超党派の国会議員でつくる「尊厳死法制化を考える議員連盟」は、患者が延命措置を望まない場合、医師が人工呼吸器を取り外すなど延命措置を中止しても法的責任を問わない「尊厳死法案」を、今の通常国会に議員立法で提出する方針です。尊厳死とは具体的にどのようなもので、どうして法制化する必要があるのでしょうか。

 尊厳死と似ている言葉に、「安楽死」があります。安楽死とは、肉体的・精神的苦痛から患者を解放するため、薬物投与などで人為的に死を早めることを言います。それに対し、尊厳死は、病などにより「不治かつ末期」になったときに、自分の意思で、死にゆく過程を引き延ばすだけに過ぎない延命措置を中止し、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えることを指します。

本人の意思に基づくのが「尊厳死」

 わかりやすく言えば、第三者の意思が介在するのが「安楽死」、本人の意思に基づくのが「尊厳死」です。

 現在、日本には尊厳死について明確に規定した法律が存在しません。患者本人や家族の意向を受けて延命治療を中止した医師は「殺人罪」に問われる可能性があるため、医療現場では患者らが尊厳死を望んでもやむなく延命措置を続ける傾向が強いとされています。こうした事態を解消するため、尊厳死を法制化する動きが出ているわけです。

 東京新聞(1/12付)によると、「尊厳死法制化を考える議員連盟」が提出を予定している法案では、末期ガンなどに侵され、適切に治療しても患者が回復する見込みがなく、死期が間近と判定された状態を「終末期」と定義。15歳以上の患者が延命措置を望まないと書面で意思表示し、2人以上の医師が終末期と判定すれば尊厳死を認め、医師は刑事、民事、行政上の法的責任を問われないと定めています。また、意思表示の撤回はいつでも可能とし、本人の意思が確認できない場合は「法律の適用外」としています。

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新興国経済の落ち込みを日米はカバーできるのか

 新興国の通貨が急落し、新興国経済に対して懸念が深まっているようです。重要な局面であるのですが新しく文章を書く余裕がないため、今後の流れについては『新興国経済総くずれ~日米は支えきれるか?』(2014年9月発売)からそのまま引用し、少し補足を加えてさせていただきます。(以下、『新興国経済総くずれ~日米は支えきれるか?』より引用)

世界の国々を見渡してみて、2013年に経済が順調に成長しているのは、アメリカと日本の2カ国だけです。IMFの見通しによれば、2013年の日本の経済成長率は主要先進国でトップになるということです。

ここで本書のタイトルにもなっている「新興国経済総くずれ、日・米は支えられるか?」という命題について、私なりの見解を簡潔に述べたいと思います。

まずは、2013年~2014年の前半に限って言えば、新興国経済の減速がこのまま続いたとしても、アメリカと日本の成長で問題なく下支えできると考えられます。仮に欧州の債務危機がぶり返されるアクシデントが起こったとしても、この見通しには変更はありません。

ところが、2014年の後半になってくると、事情が大きく変わってきます。というのも、日本の成長率が2014年4~6月期から著しく悪化することがほぼ間違いないからです。

日本の成長率は2013年1~3月期は4.1%、4~6月期は3.2%と順調に成長しているように見えます。この流れは7~9月期も続くでしょう。

しかしこれは、初めからわかっていたことです。政権が発足した当初、安倍首相は「消費税の増税は2013年4~6月期のGDPを見て決める」と公言したからです。この首相の発言を受けて、財務省は2013年4~6月期とその前後の期のGDPが上ブレするように公共工事の執行時期をうまく調整したのです。

さらに、2014年3月までは、消費税増税を前にして駆け込み需要が発生し続けます。2014年1~3月期までは、GDPがかさ上げされることになるわけです。

2013年に入ってから住宅やマンションの販売が好調ですが、住宅やマンションが売れるということは、家具や電化製品、身の回り品などの需要も増加し、経済への波及効果は思いのほか大きなものになります。消費も2014年3月までは期待していいのです。

ただし、住宅やマンションの需要を数年分先食いしているために、その反動もかなり大きくなることは覚悟しなければなりません。

おそらく、2014年4月~6月期のGDPは、公共工事と需要先食いで二重にかさ上げされた効果がはげ落ちるだけでなく、増税により消費者の財布がより引き締まるため、大きく落ち込むことが考えられます。

そうなれば、2014年後半からは、新興国経済を下支えできるのはアメリカ一国のみとなってしまいます。年々シェール革命の恩恵がアメリカ国内に波及してくるとはいっても、日本が一転して減速組に入ってしまうことで、さすがにアメリカ一国で世界経済を支えきるのは難しいのではないでしょうか。

よって、新興国経済の減速がいつ止まるのかが重要になってきます。

新興国経済の減速が2014年いっぱいまでに下げ止まりを見せれば、アメリカは世界経済を支えることができるのですが、2015年以降も減速が止まらないようであれば、世界経済はリーマンショックのときほどではないにしても、かなり厳しい状況に追い込まれるのではないかと、私は予想を立てております。

 補足すると、市場の動揺のきっかけとなったアルゼンチンやトルコの通貨急落は、ヘッジファンドの仕掛けによるものです。今回は1998年のアジア通貨危機のような惨事にはならないと思われますが、それでも金融業界は、金融資本主義の行き過ぎが経済の悪化を通じて大多数の人々を不幸にするという歴史から、何かを学んで変えていかなければならないのではないでしょうか。

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雪上キャンプ、テントで鍋料理 氷点下でも快適

雪上キャンプ、テントで鍋料理 氷点下でも快適

2014/1/26 6:30 (2014/1/26 16:56更新)

 真冬に雪上キャンプを楽しむ人たちが増えてきた。電源の利用が可能なキャンプ場が増えており、氷点下でもテント内に電気カーペットなど暖房器具を持ち込めば寒さ知らず。家族連れで雪遊びや雪景色を存分に楽しむことができる。夏のキャンプとは違った魅力があるようだ。

延長コードを使いテント内に電源を引き込める施設が増えてきた

延長コードを使いテント内に電源を引き込める施設が増えてきた

こたつや電気カーペットを活用して防寒対策はバッチリ

こたつや電気カーペットを活用して防寒対策はバッチリ

■静かな環境、自然堪能

 日本列島にこの冬一番の寒波が押し寄せた3連休の初日の11日。雪上キャンパーに人気のキャンプ場、北軽井沢スウィートグラス(群馬県長野原町)に向かった。午後1時のチェックイン時間になると、キャンプ道具を載せた車が続々と入って来る。数日前に降った雪が残り、積雪は20センチメートル。標高1100メートルということもあり、気温は日中でも氷点下7度だった。

外では子どもたちが雪遊びを楽しむ声が寒空に響く

外では子どもたちが雪遊びを楽しむ声が寒空に響く

 それでも子どもたちが雪遊びを楽しむ元気な声が寒空に響く。かまくらを作ったり、雪合戦をしたり。その近くでお父さんがテントを設営し、飛ばないように固定するペグをハンマーで打つ音が響いた。

 11日はテントでの参加が12組。従来、冬は週末などの一時的な営業にとどめてきたが、昨シーズン(2012年11月)から通年営業を始めた。「冬の自然の厳しさも楽しんでほしい」と統括マネージャーの梶野寛丈さんは話す。冬期営業のキャンプ場はまだ少ないが、雪上キャンプを楽しむ人が口コミで増えている。

 「夏場よりも冬のキャンプが楽しいかも」。年間40回以上キャンプし、雪上キャンプの経験も多い長野県千曲市の寺島里志さんはこう話す。「夏はどのキャンプ場も満員で『難民キャンプ』状態。冬だと人が少なく、静かで自然を堪能できる」。冬は蚊もいないし、料理も暖が取れるうえに調理が簡単な鍋料理が中心というメリットまである。

月明かりに照らされる雪景色のキャンプ場。冬の澄んだ空気は天体観測にも向いている

月明かりに照らされる雪景色のキャンプ場。冬の澄んだ空気は天体観測にも向いている

■しっかり防寒、快適に

 雪上キャンプだと気温は氷点下になる。吹雪や強風だと雪上キャンプは難しい。このため天気予報を見極めながら予約を入れるのがコツ。ハードルが高そうにみえる雪上キャンプだが、着込むなど防寒対策を十分にすれば、楽しめると参加者は口をそろえる。

 各テントで寒さをしのぐ工夫をみせてもらった。テントで風は遮れるが、問題は雪上からの冷気。テント床面に断熱の銀マットを敷く。スウィートグラスにはテントサイト(区画)に電源があり、そこから延長コードを使って電源を引き込み、暖房器具を使っている。

 電気カーペットや電気毛布の活用が多く、こたつや電気ファンヒーターを持参するキャンパーもいる。いずれも家電量販店に行けば、数千~1万円程度で手に入るものばかり。寝袋も氷点下に対応したものを使用し、暖房器具と合わせて使えば、快適に過ごせる。

 この日は4組が初の冬キャンプ組だった。キャンプを始めて3年という栃木県小山市の三竿里美さんもその1人。仲間に誘われて参加した。「単独だと不安だけど、知り合いも一緒なので思い切ってやってみた」。普段は雪の中で寝ることはなく貴重な経験。「子どもも外遊びが好きだし、暖房器具を使えば思ったより寒くない。また来たい」と声を弾ませた。

キャンプの翌日はインストラクターの引率でトレッキングへ(後方は浅間山)

キャンプの翌日はインストラクターの引率でトレッキングへ(後方は浅間山)

 実際に記者も試してみた。キャンプは3年前に始めたが、年間回数は片手でも余る。もちろん雪上キャンプは初めてだ。初心者キャンパーが体験するとあって、キャンプ場のスタッフが寒さに備えてファンヒーターを貸してくれた。

 夕食は屋外でのバーベキュー。午後8時すぎの気温は氷点下10度だ。焼けたばかりの食材はすぐに冷めるからゆっくりと味わう余裕はない。ただ極寒の中、雪景色を眺めながら飲んだ熱かんは格別だった。

 記者が泊まったのはキャンプ場に常設されたテントで、室内にも電源がある。暖房には電気カーペットを使用した。寝袋の下に敷いて寝てみると、じんわりと温かく快適だ。そのまま寝たが、途中で汗をかき、目が覚めたほど。不安だったが取り越し苦労だった。

 翌日はキャンプ場が運営するスノーシューツアーに参加した。ふかふかの雪の上を歩き、動物の足跡や小さな冬芽などを見て回る2時間のツアーで、雪化粧した浅間山やすそ野の原生林の眺めがすばらしい。スキーとは違った楽しみがあった。

(倉本吾郎)

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築90年の古民家を再生 現代のライフスタイルに合う住まいに

玄関の土間からリビングと多目的ルームを見たところ。地元のマツやケヤキが使われているという太い梁や柱が存在感たっぷり。「今となっては、こんな立派な木材で家を建てることなんて不可能に近いのではないでしょうか」とご主人。梁を利用して奥さまのお父さま手作りのブランコを吊り下げている(写真をクリックすると拡大します)

和室
障子で仕切られた和室が連続する間取り。梁の上には下がり壁があり、梁の全容は見えなかった(写真をクリックすると拡大します)
LDK

土間の上に設えたロフトからLDKを見下ろすと、梁の太さがよくわかる。床は無垢のウォールナットを自然塗料で仕上げている。カラフルなソファがアクセントに。(写真をクリックすると拡大します)

子供の誕生をきっかけに奥さまの実家へ転居

 今回は築90年の古民家のリノベーションをご紹介。古民家を子育て世代の若い家族が暮らすのにふさわしい、開放感や機能性を備えた家に再生しました。

 施主の川添さんは、都心で仕事をする共働き夫婦。横浜・関内駅近くのマンションにお住まいでしたが、子供を授かったことで、「実家に子育てを助けてもらいたい」と、千葉の奥さまの実家へ引越しすることを決意しました。ご実家は、競走馬の調教と乗馬倶楽部を運営。広い敷地内には馬場や厩舎、蔵、両親の家、祖父が暮らす築90年の古民家がありました。「自然が豊かで、身近に馬がいます。僕は初めてここに来た時、自然がいっぱいで、本当に素晴らしい環境だ!って感動しました。共働きを続けるため、子育てを妻の両親に助けてもらうのが目的の転居でしたが、こんな環境で子供を育てられたらいいなって思ったのも大きな理由でした」とご主人は言います。

 敷地内に新たに家を建てることも可能だったので、新築するか、祖父の住む古民家をリノベーションして暮らすか、ご夫婦で悩みました。「私は新築派でした」と奥さま。「今までの都会のマンション暮らしが便利で気に入っていたので、細かく仕切られた和室が並び、暗くて、冬寒い古民家より、モダンで機能的な家を新築したいと望みました。しかし、主人は古民家をリノベーションして暮らしたいと、強く希望したんです」(奥さま)。「梁とか玄関の造りを見て、古いけどとてもいい材木が使われていて、すごいなぁーって。せっかくこの地に住むのなら、この古民家を生かして住んでみたいって思いました」(ご主人)。

「古民家には当時は88歳になる妻の祖父がひとりで住んでいて、使っていたのは玄関近くのひと部屋のみ。祖父は孫が帰ってきて、ひ孫も一緒に住めるなら、ということでリノベーションして同居することを快諾してくれました。妻に対しては私たちのライフスタイルに合うよう住みやすく変えるようにできるだけのことをしよう、ということで理解を得て、古民家再生のリノベーションを行うことにしたのです」(ご主人)

 設計・施工は途中のやりとりの便利さを考慮し、地元の工務店か設計士に依頼したいと考え、数社にプランニングをお願いするも、ピンとくるものがあがってこなかったとか。エリアを隣の茨城県まで広げて探したところ、自然素材、特に木を効果的に使った作品を多く手掛ける井川建築設計事務所にいきつきました。「最初のプラン提案のとき、模型をつくってきてくれました。そこには私たちが考えていたこととはまったく異なる発想で、南北にぬける土間や開放的な間取りが展開されていました」(ご主人)。この模型をみた瞬間に、この人にお願いしよう、と決めた、と言います。

外観
どっしりとした瓦屋根と「出し桁造り」の深い軒、連続する窓に特徴のある外観(写真をクリックすると拡大します)
工事の様子

屋根と躯体だけの状態にしてジャッキアップ。土がむきだしだった建物の基礎を、コンクリートで打ち直した(写真をクリックすると拡大します)

瓦屋根と「出し桁造り」の深い軒は既存のまま利用。屋根の上には薪ストーブ用の煙突が出現し、雨どいを撤去。窓の面積を減らした分、耐力壁を増やした。玄関ドアは断熱性と防犯性を高めるため新しくしたが、外壁に設置している戸袋は既存のもの。新旧の素材を違和感なく組み合わせている(写真をクリックすると拡大します)

和室
土間から続き間の和室をみたところ。障子の外側にはぐるりと縁側がある。(写真をクリックすると拡大します)
リビングルーム

和室も縁側だったスペースも一体の空間にした。手前のリビングルームは天井を高くとり、梁や柱を現しにしているが、奥の多目的ルームは柱や梁を隠したシンプルな仕上げにし、メリハリをつけた(写真をクリックすると拡大します)

玄関の土間と居室を仕切る板戸は、この家にあったものを再利用している(写真をクリックすると拡大します)

大空間をパワフルに温める大型の薪ストーブはベルギー製。炎がよく見えるフロントウィンドウが特徴(写真をクリックすると拡大します)

もともと縁側だったスペースで、天井にはその名残がある。障子は撤去し、窓辺にはロールスクリーンを取り付けた(写真をクリックすると拡大します)

南北の庭を眺めるLDKと
「通り土間」を実現

 90年の間に何度か増改築が繰り返された古民家は、現状ではキッチンがなく、玄関の土間以外は、すべて和室。部屋は建具で田の字型に細かく仕切られ、光や風の通らない閉鎖的な空間でした。また太い梁や柱の存在は、小屋裏に上がると見ることができるものの、普段は天井に隠れた状態でした。

 そこで川添さんがリノベーションにあたって希望したことは以下の3点。
1 柱、梁、玄関の土間に見る古民家のよさを生かしたい。
2 部屋を細かく仕切らず、開放的なLDKが欲しい。
3 冬暖かく、マンションのような機能的で住みやすい家にして欲しい。

 これらをベースに、建築家の井川幸一さんが古民家の魅力をさらに引き出す工夫を盛り込みプランニングが進みました。「現地調査のとき、家の裏手になる北側にも庭があることがわかりました。当時はうっそうとしていて、ほとんど使われていなかったのですが、この北側の庭を再利用するプランを提案しました」と井川さん。家の表側、つまり南庭と裏手の北庭がつながるような一体の空間にすれば、田の字型で閉鎖的だった昔の古民家に風が抜け、光の射し込む開放的な空間ができる。この一番気持ちのよい場所を、家族がくつろぐところとし、古民家の特徴である力強い梁や柱が現れるようにするという計画です。川添さんが好きだといった土間も南北につながる「通り土間」に変え、生活動線として活用します。

 こうして完成したリノベ後の間取りは、「通り土間」の向かって左側に、開放的なLDK、子供の遊び場とご主人の書斎が一体になった多目的ルーム、主寝室、洗面・浴室を配置。祖父の居室は、川添さん家族の居住スペースと土間を挟み、隣の両親の家とダイレクトにつながる場所に設けました。また土間の一角にはシューズクロークも設置。

 柱と梁を現しにした土間とLDKはどっしりと重厚な雰囲気を持ちながらも開放的。天井は一番高いところで5.2メートルもあります。床はウォールナットを自然塗料で仕上げ、壁はクレイトペイントを使用。昔ながらのタンスや建具、欄間は移設し、再利用。はがした床板は縁側に活用するなど、古きよきものを再利用しました。一方キッチンはシンプルで機能的なオーダーキッチン。料理をつくりながら子供たちの様子や庭が眺められるスタイルで、大勢でキッチンに立つこともできるレイアウトです。

多目的ルーム

子供たちが走り回って遊ぶ多目的ルームには、南側の窓から光がさんさんと射し込む。リビングとは建具で、部分的に仕切っている(写真をクリックすると拡大します)

ダイニングキッチン

北側にしつらえたダイニングからキッチン越しに南側のリビングを眺めたところ。南北をつなげるこの空間は、梁や柱が最もあらわに見え、古民家らしさが感じられる場所。キッチンとリビングの間には、よしず入りの建具を入れ、光や風、視線もほどよく通しながら、落ちついた雰囲気を演出(写真をクリックすると拡大します)

木とステンレスを組み合わせたオーダーキッチン。ここに立つとほぼ家中が見わたせる。キッチンの表面材は床材と同じウォールナットを使用(写真をクリックすると拡大します)

キッチンの背面に造り付けた棚は、電子レンジやゴミ箱などの置き場とパントリーを兼用。ロールスクリーンを下げれば、生活感漂うこのコーナーを完全に隠すことができる(写真をクリックすると拡大します)

基礎を打ち直し、
耐震性と断熱性をアップ

 今回のリノベーションにあたって、屋根は耐久性に問題がなかったので、外観は大きく変えない方向ですすめました。「しかし基礎については、土の上に束石(つかいし)を置き、直接柱をのせただけというもので、柱の下の方は白アリに食われているという状態でした」(井川さん)

 そこで家を躯体と屋根だけのスケルトン状態にし、ジャッキで家全体を持ち上げ、床下にコンクリートを流して、頑丈なベタ基礎にするという大工事をおこないました。また既存の間取りでは縁側に沿って窓がL字に連なっていたので、窓の一部を壁に変更。構造壁を増やすことで、建物の強度をアップしました。そして「冬暖かい家」を実現するため、床下、壁、天井に断熱材を補充。開口部はペアガラスのサッシに変更し断熱性能を高めました。「この古民家のように広く、天井も高い空間では、エアコンより床暖房や薪ストーブなど輻射熱での暖房がおすすめです」と井川さん。川添邸では薪ストーブ用の薪は、比較的容易に入手できる環境です。ランニングコストを考えて薪ストーブを採用しました。

 工事が始まる頃には、すでに隣の実家にお住まいだった川添さんは、リノベーションの進行をじっくり見ることができました。「壁や天井をはがしていくなかで、天井の高さにびっくりしたり、立派な柱や梁がどんどん現れるのは感動的でした」(ご主人)。全体があらわになると図面ではわからないスケール感も把握でき、キッチンの配置をどうするか、薪ストーブをどこに置くか、書斎をどのように設けるかなど新たに迷いも生じました。「建築家の井川さんにはそのつど、細かく対応していただき助かりました。おかげで完成したときはイメージ通りに出来上がっていました」(ご主人)

 暮らし始めてわかったことは、近所の方から泥つきの野菜をいただいたり、汚れた乗馬用の長靴を脱いだりするのに、広々とした土間はとても重宝だということ。「ご近所の方が来たときも、ここで応対することができます。都会のマンション暮らしと違って、ご近所付き合いが深いこの地域では、靴を脱がずにちょっと話ができる土間空間は本当に便利です」(ご主人)。暖房のために設置した薪ストーブが、とても暖かく、炎がもたらすくつろぎがとても心地いいことも実感。

 築90年の古民家が次世代に引き継がれ、新たな命が吹き込まれて3年。現在3歳(男児)と4歳(女児)になる子供たちは、当初の願い通り、自然豊かな環境のなかで、ご両親やご近所に住む親戚のみんなに見守られながら成長しています。「住まいの快適さもさることながら、子供がいろいろな人からの愛情を感じながらおおらかに育っていることが、ここで暮らすようになって何よりよかったことですね」(ご主人)

土間
ほぼ正方形だった土間空間は、玄関であるとともに、近所の方たちとの団らんのスペースでもあった(写真をクリックすると拡大します)

リノベ後は南側にある玄関から北側の庭へ通り抜けられる「通り土間」になった。左側は川添さんファミリーの居住スペース、右側には祖父の居室があり、隣のご両親の家とつながっている。土間の一角にはシューズクロークとロフトに上がるためのはしごを設置(写真をクリックすると拡大します)

今まで天井の中に隠れていた梁を今回のリノベーションで現しにした。90年前に建てられたこの家は、地元の木材を使用し、釘や金物を使わない伝統工法で建てられている(写真をクリックすると拡大します)

家の下の基礎にはコンクリートを流し「ベタ基礎」とし、耐震性をアップした。今まで使われていた束石は、リビング前に設けた濡れ縁の基礎として再利用した。(写真をクリックすると拡大します)

建築家の目
井川一幸さん(一級建築士)

 古民家の再生では、昔ながらの古民家の要素と現代のライフスタイルとのバランスが大切です。柱や梁を現し(あらわし=柱や梁などが見える状態で仕上げる手法)にして、古民家らしさをめいっぱい主張するばかりがいいとは思えませんし、不便さや寒さを伴う住まいでは、長く暮らすことができません。

 川添邸では、LDKの中心は天井を高くとり、柱や梁を現しにして古民家らしさを強調した「真壁造り」に。一方、LDKの一角やリビングに隣接する多目的ルーム、主寝室などは、柱や梁を見せない「大壁造り」で、天井も低く現代的な空間に仕上げました。両方の空間が共存することで空間にメリハリがつき、古民家のよさがかえって引きたち、飽きのこない住まいになります。

 改修コストの面では、雨漏りがあるかどうかによって大きく差が出ます。雨漏りは原因箇所を見つけるのが困難なので、屋根全般をやり直すことになる可能性もあります。川添邸の場合は幸い屋根に問題はありませんでしたが、耐震性と居住性をアップするために基礎の大改修を行いました。安心して住むためには、新築に匹敵する大掛かりな工事が必要なケースもありますし、ある程度解体してみないとわからないことも多々あり、その場その場で柔軟性をもって対応する必要がありますね。

 千葉や茨城には、まだ古民家が残っています。こうした家を古いからといって壊してしまうのは本当にもったいないことです。リノベーションをして若い人にこそ住み継いでもらいたいものです。

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アルゼンチン通貨急落、市民生活に影 モノへ逃避

アルゼンチン通貨急落、市民生活に影
モノへ逃避

2014/1/25 23:38

 南米アルゼンチンで、通貨ペソ下落の影響が社会生活に及んでいる。金融市場の急変により先行きの相場見通しが立ちにくいため、道端の両替人の姿はまばら。自動車ディーラーが販売を一時中断する動きも出ている。

車を買って資産目減りを防ぐ人が増加(ブエノスアイレスの中古車販売店)

車を買って資産目減りを防ぐ人が増加(ブエノスアイレスの中古車販売店)

 24日朝、首都ブエノスアイレスの繁華街フロリダ通りで、普段とは異なる風景が目に付いた。いつもなら通りを歩いていると道の両脇から「カンビオ(両替)、カンビオ」と声が活発にかかるが、この日は両替人の数が少なかったという。

 アルゼンチンはドルへの両替を厳しく規制するため、非公式なレートでペソを交換する闇取引が幅をきかせる。道端の両替人は同国の金融システムで重要な役割を担う。

 ペソは23日、1ドル=8ペソで取引を終えた。1日の下落率は12%で、ロイター通信によると1日の下げ幅としては2002年以降で最大だった。

 これまで闇取引は同13ペソ程度だったが、日本人商社マンは「公式レートのペソ急落で両替人も相場観を失ったのだろう」との見方を示した。

 アルゼンチン国民は過去に激しいインフレを経験しており、自国通貨への信用は低い。頼りにするのは価値の安定している米ドルだ。

 最近はモノへの逃避の動きも目立つ。代表例が乗用車だ。富裕層はペソの目減りを嫌い「現物資産」で資金の保全を図る。アルゼンチン自動車販売店協会(ACARA)によると、13年の新車販売台数は95万台。前年比14%増え、過去最高を更新した。

 「いくらで売って良いのかわからない」。自動車販売店を訪れたある会社員に、店主がこうぼやいた。

 地元報道によると、家電販売店はペソ急落を受けて、商品の店頭価格を2割引き上げた。旅行会社は代金の受け取りを一時停止。日常生活に影響は広がっている。

 「現在はパニック的な動きが一時的に出ているだけ。生活への影響は長期化しない」。アルゼンチン在住経験の長い日本人駐在員の間では事態を静観する人が多い。

 外貨準備高は1年間で約3割減り、インフレ率は年率3割……。経済の構造問題は山積するが、「政府は包括的な計画を立てて課題に取り組んでいない」(米調査会社ユーラシア・グループのダニエル・カーナー氏)。キシロフ経済財務相は「23日のような通貨急落を許さない」と、急速なペソ安進行をけん制したが、口先介入だけでは改善につながらない。(サンパウロ=宮本英威)

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早期退職の誘惑 50代でも早まってはいけない

早期退職の誘惑 50代でも早まってはいけない
資産運用アドバイザー 尾藤峰男氏

2014/1/24 7:00

 勤務先が早期退職者を募集しています。すでに住宅ローンは完済し、子どもも独立しているので応募して早めにリタイアしようかと思っていますが、夫婦2人の老後の生活は大丈夫でしょうか。(東京都、男性、57歳)

 大半のサラリーマンは50歳代後半になればキャリアの先行きが見えていますから、早く第二の人生を始めたい気持ちは分かります。しかし老後の生活費を考えれば早期退職には相当に慎重であるべきです。57歳男性の退職金は大企業の平均的水準である2千万円、年金は65歳から夫婦で年280万円、再就職はしないという前提を置いて試算してみましょう。

 生命保険文化センターの意識調査では、夫婦2人の老後の生活には最低でも月22万円が必要で、ゆとりある生活には月35万円かかるという結果が出ています。夫婦とも95歳まで長生きすると仮定して65歳から20年間は月35万円、その後の10年間は月22万円で生活すると、30年間で1億1040万円かかり、年金収入だけでは3千万円近くが不足する計算になります。

 病気や介護、自宅リフォームなども想定して別途、約1千万円は準備しておきたいですから、65歳時点で夫婦で4千万円近くの蓄えが必要になります。57歳で早期退職するなら、これに年金満額受給開始までの8年間の生活費も上乗せされますから、一定期間は年金が一部支給されるにしても、退職金のほかに5千万円くらいは金融資産がなければ踏み切らないほうがいいでしょう。60歳前のリタイアは厚生年金の支給額にも影響します。

 年収はピークを過ぎていても、子どもが独立しているなら60歳までは老後資金をためる最後のチャンスです。早期リタイアしたら時間を持て余したという人も多いですから、よほどの計画がない限り年金を満額受給できる65歳まで働くのが無難でしょう。実際、総務省の調査によると2012年の60~64歳の男性の就業率は71.3%と10年前に比べて7.3ポイントも上昇しました。

 年金の支給額は物価ほど上昇せず、実質的に目減りする公算が大きいとみられます。支給額が減額される可能性もあります。リタイア時点でどれだけ金融資産があるかで老後の生活が左右されることを肝に銘じておきましょう。

尾藤 峰男(びとう・みねお)
 ファイナンシャルプランナー(CFP・1級FP技能士)。びとうファイナンシャルサービス代表取締役。早稲田大学法学部卒。大手証券で法人営業や海外現地法人に勤務し、独立。金融機関から独立した立場で、個人の金融資産運用の助言業務を手がける。雑誌などへの寄稿やテレビにも出演。著書に「いまこそ始めよう 外国株投資入門」(日本経済新聞出版社)。

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忍び寄る相続税貧乏 「遺産=不動産」なら要注意

忍び寄る相続税貧乏 「遺産=不動産」なら要注意
相続トラブル百科 実践編第85回

2014/1/24 7:00

 相続税増税のスタートまでいよいよ残り1年を切りました。原則として相続税は、現金で納付する必要があります。増税が現実のものとなれば、相続人は「より多くの現金」を準備しなければなりません。

 相続増税の影響を受ける層は、従来に比べて幅広く分布すると予測されます。影響の規模は遺産総額に応じて異なりますが、新制度で課される相続税額が旧制度の税額より大幅に増えるケースは少なくないでしょう。

 大きなインパクトを受けるのは、これまで相続税の基礎控除額の標準だった8000万円を超え、1億円をいくらか上回る遺産額を継承する家庭だといわれています。この層では大みそかから2015年に変わる午前0時をまたぐと、かかってくる相続税が一気に2倍、3倍、あるいはそれ以上に膨れ上がるケースが出てくるかもしれません。

■納税資金を相続人の懐から… 都市部の住宅街でありがち

 遺産に現金や換金しやすい有価証券が十分に含まれていれば、瞬間的に膨れ上がる負担に耐えることができるでしょう。しかし、都市部の住宅街にありがちな「自宅のマンション1つ、あとは現金が少し」といったケースでは、納税資金を遺産からではなく、相続人自身の懐から出さなければなりません。

 現実の話として、現金が少ない事態は十分に予想されます。国税庁の資料で相続税の申告状況などをみると、いかに不動産が遺産の中で高い割合を占めているかが分かります。例えば11年に起こった相続の場合、土地と家屋を合わせた割合が財産全体の50%以上を占めています。この数字はあくまで「平均値」です。それでも「半分以上が不動産」ですから、8割、9割が不動産だという家庭も存在するでしょう。

 さらに相続税が課せられるほどの遺産が残る状況でも、受け取る側の事情は一様ではありません。「自宅の新築やリノベーションを終えたばかり」「子どもの教育ローンのまとまった返済がある」「今まで果たせなかった念願の長期海外クルーズに出かける」など、大きな資金需要の発生時期にさしかかることがあります。

 そこに不動産だけが降ってくる相続が起きると、納税のためのお金を自己資金で賄うことが難しくなります。手元資金が不足し、たちまち「相続税貧乏」になってしまう恐れが現実味を増すといえるでしょう。

 もちろん「不動産を売却して現金化すればいいじゃないか」という解決方法が考えられます。しかし、不動産売却は周囲の市況に大きく左右されるので、それほど簡単ではありません。

 増税はあるひとつの家庭だけに起こるのではなく、同じような目にあう家庭が多発的に出てくるということです。人口減少や住宅の過剰供給傾向と相まって、「不動産を売りたい人」が増えると、地域によってはますます不動産価格に下落圧力がかかりかねません。市況のバランスが崩れ、相続人が納得する売値では買い手がつきにくいという悪循環になります。

■相続した不動産の売却には経費が必要

 そもそも、不動産が売却できたとしても「売却金額=手取り額」ではありません。すべてが手元に残るわけではないのです。相続した不動産の売却には、いろいろな経費が必要なことも念頭に置く必要があるでしょう。

 たとえば故人名義の不動産は、売却前に自分名義に変えておかなければなりません。名義書き換えに必要な登録免許税や、司法書士に依頼した場合の手数料などがかかります。また、仲介した不動産業者に対し、成約金額の3%程度の手数料を支払う必要があるでしょう。土地売却ならば測量して境界を画定しておかないと売れない場合があり、その費用もかなりの金額です。

 それだけにはとどまりません。場合によっては、売却金額から不動産の取得金額を差し引いた「値上がり益」、つまり「譲渡益」に対して「譲渡所得税」がかかることがあります。この税率が20%、ケースによっては39%に達することがあります。意外に大きな数字なので気をつけなければならないでしょう。

 ただ、本来は「相続税を支払うため」の遺産売却ですから、さらに傷口に塩を塗るかのように「譲渡所得税が課税される」のは酷な話かもしれません。そのため相続の場合には特例が設けられています。従来なら遺産の不動産を売却して相続税の支払いにあてた場合、「譲渡所得税は課税されない」もしくは「大幅に少なくなるケース」が多くありました。

■相続税支払いの特例取り扱い、大幅変更なら実質増税に

 しかし最新の税制改正の試案には、この特例の取り扱いを大幅に変更する動きが含まれています。今後は、この部分で実質増税の可能性があることは見逃せないように思います。

 相続した不動産の売却には、予想以上の苦戦や負担増が見込まれます。相続人としては、ためらいながらも「とりあえずの様子見」を余儀なくされてしまい、自分の懐から納税しなければならない状況に追い込まれ、最終的に「相続税貧乏」となる可能性が残ります。

 来年からの相続増税への備えという意味では、従前より現金や換金性の高い資産の重要性がかなり増していることがわかります。増税の影響が大きい家庭では、「キャッシュをどう準備するか」が、より問われる局面になることは間違いありません。このトピックについては、また別稿でもとりあげてみたいと思います。

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一生賃貸で暮らすにはどのくらい蓄えが必要か

一生賃貸で暮らすにはどのくらい蓄えが必要か
「まさか」に備えるための全課題

2014年01月23日(Thu)

ポイントは定年後の家賃負担

住宅ローンを組んで家を買うのと賃貸物件に住み続けるのとでは、最終的にどちらが得なのでしょうか? なかなか一概には判定できないテーマですが、トータルの損得勘定はともかく、賃貸暮らしの場合は定年を迎えて収入が大幅にダウンしてからも家賃を負担し続けなければならないことが最も気掛かりなポイントでしょう。そこで、住宅を購入しなかった場合、60~90歳までの間に賃貸物件でどの程度のお金がかかってくるのかをシミュレーションしてみました。

まず、月々10万円の物件に住むと仮定したら、単純計算で家賃負担の総額は3600万円。そして、2年に1度更新料がかかるのが一般的なので、合計15回で150万円がプラスされます。

図を拡大
30年間でいくら住居費がかかるか?

しかも、同じ物件に30年間も住み続けるのは非現実的ですから、10年に1度の頻度で引っ越しをしたと仮定しましょう。3回の引っ越しで敷金・礼金が合計で3カ月分、仲介手数料が1カ月分ずつかかるとすれば、総額で約3870万円の負担となります(図参照)。なお、このシミュレーションは以前の住まいを引き払った際に戻ってきた敷金の残り(部屋のクリーニング代などを差引後)を引っ越し代に充てたと仮定して計算しました。

もちろん、最近は敷金・礼金ともにゼロの物件も出回っています。しかしながら、それでもシニアの場合は収入が限られている点などを踏まえて支払いを要求されるケースが多いのが実情です。それに、入居条件が緩い物件は部屋のクオリティにも難がありがちです。

問題は、年金収入だけで、これだけの負担に耐えることができるかどうかです。家を買ってローンを組んだ場合なら、ローンの組み方を工夫することにより、子どもの教育費負担がピークに達する頃に返済額を抑えたり、年金生活になる前に返済を終える、といった工夫をすることが可能です。ところが、賃貸物件の場合は家賃が老後までコンスタントにかかってくるので、そういったコントロールが難しいものです。ここまでの負担は厳しいということなら、物件のクオリティを下げるしかありません。

ただ、子どもが成人して巣立った後は部屋数が少なくて済むようになるという側面もあるので、夫婦2人だけで住むのに十分なコンパクトな間取りの物件を選び、今までよりも家賃を安く抑えることは可能でしょう。とことんまで負担を軽くしたいなら公団のような公営住宅に注目する手もありますが、所得水準などに関する要件が定められていてかなり福祉的な位置づけの住まいですから、誰でも入居できるというものではありません。

一方でUR賃貸とかをイメージしている人も多いようですが、こちらはそれなりに収入のある人を前提とした物件で、年金生活者の場合は家賃の100倍以上に相当する貯蓄があるかどうかを毎年調べられたりします。

いずれにせよ、維持費しかかからなくなった持ち家派と比べれば、賃貸派の月々の出費はどうしても多くなってしまいます。もちろん、ニーズに応じて自由に引っ越せるというメリットもありますが……。

加えて、お金以外の問題としては、保証人を確保できるかどうかという問題が大きなネックになります。親族や友人など、身近な誰かに引き受けてもらえるかどうか。物件の供給自体は豊富であっても、どうしても大家さんは孤独死のリスクなどを意識し、あまりシニアには貸したがらないものです。シニアでもOKな物件を見つけて保証人も確保することは非常に切実な問題なので、あまり軽く考えておかないほうがいいでしょう。

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小野田寛郎 語録

「 過去は
  捨てることは
  できない。

  現在は
  止めることが
  できない。

  しかし、未来は
  決めることができる。 」

 小野田寛郎

■小野田寛郎:1944年、兵士としてフィリピンのルバング島へ派遣。
       終戦を迎えてもその報が伝わらず、30年間ジャングルで生存。
       帰国後「小野田自然塾」を主催して、講演などを続けながら、
       子供たちにアウトドア生活の指導をしている。



この小野田寛朗氏も、太平洋戦争を通して、
壮絶で希少な体験をされています。

小野田氏の経歴から見ていただきたいと思います。

以下は引用文です。

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小野田少尉の場合は30年間、ずっと戦争を続けていました。

小野田氏は1922年3月19日和歌山県海南市生まれ。中国で商社マンをしていま
したが招集後、陸軍中野学校でゲリラ戦の訓練を受けたあと、1944年フィリ
ピンに派遣され、ルバング島で残置諜者となるよう命令を受けました。しか
し戦争が終わった後、彼らに任務終了の命令が届きませんでした。

当初のメンバーは4名。小野田と、島田伍長、小塚上等兵、赤津一等兵です。
このうち1949年、赤津一等兵が投降したことにより、このグループの存在が
明らかになりました。しかしなかなかその所在をつかむことはできませんで
した。

1952年、朝日新聞の辻豊記者が「戦争は終わりました。出てきてください」
と叫びながらジャングルの中を歩き回りますが、小野田らは米軍の謀略では
ないかと考え、出ていきませんでした。

1954年、地元の軍隊と武力衝突。この時、島田伍長が戦死します。

1959年には小野田氏のお兄さんが捜索に向かい、本人であることを知らせる
ため、旧制一高の寮歌を歌いましたが、彼らを信用させることはできません
でした。この捜索が芳しくなかったことから、政府は残りの二人も1954年の
戦闘で死亡したのではないかと推測。

しかし1972年、また地元民と衝突。戦闘が起きて、小塚上等兵が戦死します。
この時一人逃げた人がいたという証言から、残る小野田氏が生きている可能
性があるとして、再び捜索隊が組織されますが、見つけることはできません
でした。

この小野田氏を帰国に導いたのは、冒険家の鈴木紀夫氏です。

鈴木はルバング島のジャングルにテントを張っていて、この年の2月20日、
偶然小野田と遭遇。ここで一晩掛けて小野田と話し合い、彼に戦争が終わっ
たことを語り、一緒に日本に帰りましょうと説得しました。しかし小野田は
自分は命令を受けてここに残留しているから、その命令が解除されない限り
勝手に帰るわけにはいかないと言います。

そこで鈴木は、小野田の上官となんとか連絡を取ってみるから、後日、もう
一度会って欲しいと要請。小野田も同意して、3月10日、もう一度会うことに
なりました。そして、この日、約束通りの場所に現れたのです。

(横井にしても小野田にしても30年間ジャングルで暮らしていて暦はほと
んどずれていなかったそうです。昔の人というのは大したものです)

鈴木からの連絡で小野田の元上官・谷口義美少佐が急遽ルバングに赴きまし
た。そして、この日現れた小野田に、残留命令の解除を伝え、長年の任務遂
行の労をねぎらったのです。小野田は3月12日、鈴木らとともに帰国します。

帰国後政府はせめてもの慰労金として100万円を渡そうとしますが、誇り高き
小野田は拒否。どうしてもというので、彼はこれを靖国神社に寄付してしま
います。そして天皇や首相との会見を断り、真っ先に戦闘で亡くなった部下、
島田と小塚の墓参りに行きました。彼は義理を通す人でした。

そして1年後彼はブラジルにわたり、牧場経営を手がけます。そしてそれを
成功させ、大牧場主となってから再び日本に戻り、現在は「小野田自然塾」
を主催して、子供たちにアウトドア生活の指導をしています。

ごく普通の人として、大きな運命の歯車に翻弄され、流されてしまった横井
と違い、小野田は厳しい運命の濁流の中、自分の生き方を常に模索し、常に
困難と闘い続けています。ですから小野田にとってはジャングルの中での30
年というのも無意味な時間ではなかったのです。

 『今日は何の日』様より引用。

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小野田氏は、その体験や死や生を考え続けた長い年月で
身を持って学び、感じたことを講演や「小野田自然塾」を通じて、
多くの人々に語っています。

とても大切なことを語られています↓




その小野田氏が語りかけてくる言葉は、
様々な人生に寄り添い、諭してくれます。


「 過去は
  捨てることは
  できない。  」

その人の体験した、辛かった事や悲しい事。
捨てたくても捨てられないのが、過去でもあります。
捨てられないのであれば、とことん人生の最後まで持っていきましょう。
この一見重そうな人生の荷物が、
とてもありがたく、役に立ってくれるときが必ず来るのです。

「 現在は
  止めることが
  できない。  」

振り返ることも、立ち止まることもあるでしょう。
ですが、時だけは無情にも正確に進んでいきます。
今できることを行おうとせずに、
過去のことを引きずるあまり、多くの時間を浪費したり、
これからなにが起こるか分からない未来を案じて、
進む事をためらっていてはいけません。
世の中は、進んでみて初めてわかることだらけです。

「 しかし、未来は
  決めることができる。」

結局、自分が思い描いた未来への思いや想像、
それを掴むための努力があって、
自分の未来は自分で作り出していくことができる。
そして、自分を生かしてくれている多くのありがたい存在に対して、
自分の持てる能力や才能で恩返しをしていく。
全てのものが全てを支えてゆく。

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言論の自由とネチケット

客室乗務員の待遇を「大したことがない。」と書くことは、常識的

にその会社の名誉を傷つけたりその職業を差別したり陵辱すること

になるのか。

大辞林によれば「大したこと」とは
①程度がはなはだしいさまをいう。非常な。たいへんな。ふつうは

よい意味に用いられるが,時に悪い意味にも用いられることがある

。 「 -男だ」 「 -人数だ」 「 -悪党だ」
②(下に打ち消しの語を伴って)とりたてていうほどの。それほど

の。 「 -問題ではない」
という意味である。

人によっては月百万円でも大したことがないと思うものがいるかも

しれないし、月十万円でも大したものであると思うものがいるであ

ろう。
つまり人によってその意味合いは変わるものである。

また客室乗務員の仕事内容が激務であることは、その仕事ぶりを少しでも知っているものであれば、すぐに理解できることである。ネット上を少しでも探してみれば、いくらでもその業務内容は説明されているし、簡単に理解できるはずである。

仕事の内容とその報酬には必ずしもリニアな関係があるわけではないが世の常である。客室乗務員の仕事内容とその報酬がちゃんとマッチしているの、いないのか。それはその職業を選択する個々人が判断すればよいわけである。(筆者はマッチしていないと思ってはいるが。)

この内容に文句を言ってくるものがあるとすれば、はからずも
「大したことがない」=非常に安い。
「激務である」=そうでないと思わせておきたい。
ということを暗に言っているのと代わりがないと思うのは筆者の気のせいであろうか。

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