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小野田寛郎 語録

「 過去は
  捨てることは
  できない。

  現在は
  止めることが
  できない。

  しかし、未来は
  決めることができる。 」

 小野田寛郎

■小野田寛郎:1944年、兵士としてフィリピンのルバング島へ派遣。
       終戦を迎えてもその報が伝わらず、30年間ジャングルで生存。
       帰国後「小野田自然塾」を主催して、講演などを続けながら、
       子供たちにアウトドア生活の指導をしている。



この小野田寛朗氏も、太平洋戦争を通して、
壮絶で希少な体験をされています。

小野田氏の経歴から見ていただきたいと思います。

以下は引用文です。

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小野田少尉の場合は30年間、ずっと戦争を続けていました。

小野田氏は1922年3月19日和歌山県海南市生まれ。中国で商社マンをしていま
したが招集後、陸軍中野学校でゲリラ戦の訓練を受けたあと、1944年フィリ
ピンに派遣され、ルバング島で残置諜者となるよう命令を受けました。しか
し戦争が終わった後、彼らに任務終了の命令が届きませんでした。

当初のメンバーは4名。小野田と、島田伍長、小塚上等兵、赤津一等兵です。
このうち1949年、赤津一等兵が投降したことにより、このグループの存在が
明らかになりました。しかしなかなかその所在をつかむことはできませんで
した。

1952年、朝日新聞の辻豊記者が「戦争は終わりました。出てきてください」
と叫びながらジャングルの中を歩き回りますが、小野田らは米軍の謀略では
ないかと考え、出ていきませんでした。

1954年、地元の軍隊と武力衝突。この時、島田伍長が戦死します。

1959年には小野田氏のお兄さんが捜索に向かい、本人であることを知らせる
ため、旧制一高の寮歌を歌いましたが、彼らを信用させることはできません
でした。この捜索が芳しくなかったことから、政府は残りの二人も1954年の
戦闘で死亡したのではないかと推測。

しかし1972年、また地元民と衝突。戦闘が起きて、小塚上等兵が戦死します。
この時一人逃げた人がいたという証言から、残る小野田氏が生きている可能
性があるとして、再び捜索隊が組織されますが、見つけることはできません
でした。

この小野田氏を帰国に導いたのは、冒険家の鈴木紀夫氏です。

鈴木はルバング島のジャングルにテントを張っていて、この年の2月20日、
偶然小野田と遭遇。ここで一晩掛けて小野田と話し合い、彼に戦争が終わっ
たことを語り、一緒に日本に帰りましょうと説得しました。しかし小野田は
自分は命令を受けてここに残留しているから、その命令が解除されない限り
勝手に帰るわけにはいかないと言います。

そこで鈴木は、小野田の上官となんとか連絡を取ってみるから、後日、もう
一度会って欲しいと要請。小野田も同意して、3月10日、もう一度会うことに
なりました。そして、この日、約束通りの場所に現れたのです。

(横井にしても小野田にしても30年間ジャングルで暮らしていて暦はほと
んどずれていなかったそうです。昔の人というのは大したものです)

鈴木からの連絡で小野田の元上官・谷口義美少佐が急遽ルバングに赴きまし
た。そして、この日現れた小野田に、残留命令の解除を伝え、長年の任務遂
行の労をねぎらったのです。小野田は3月12日、鈴木らとともに帰国します。

帰国後政府はせめてもの慰労金として100万円を渡そうとしますが、誇り高き
小野田は拒否。どうしてもというので、彼はこれを靖国神社に寄付してしま
います。そして天皇や首相との会見を断り、真っ先に戦闘で亡くなった部下、
島田と小塚の墓参りに行きました。彼は義理を通す人でした。

そして1年後彼はブラジルにわたり、牧場経営を手がけます。そしてそれを
成功させ、大牧場主となってから再び日本に戻り、現在は「小野田自然塾」
を主催して、子供たちにアウトドア生活の指導をしています。

ごく普通の人として、大きな運命の歯車に翻弄され、流されてしまった横井
と違い、小野田は厳しい運命の濁流の中、自分の生き方を常に模索し、常に
困難と闘い続けています。ですから小野田にとってはジャングルの中での30
年というのも無意味な時間ではなかったのです。

 『今日は何の日』様より引用。

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小野田氏は、その体験や死や生を考え続けた長い年月で
身を持って学び、感じたことを講演や「小野田自然塾」を通じて、
多くの人々に語っています。

とても大切なことを語られています↓




その小野田氏が語りかけてくる言葉は、
様々な人生に寄り添い、諭してくれます。


「 過去は
  捨てることは
  できない。  」

その人の体験した、辛かった事や悲しい事。
捨てたくても捨てられないのが、過去でもあります。
捨てられないのであれば、とことん人生の最後まで持っていきましょう。
この一見重そうな人生の荷物が、
とてもありがたく、役に立ってくれるときが必ず来るのです。

「 現在は
  止めることが
  できない。  」

振り返ることも、立ち止まることもあるでしょう。
ですが、時だけは無情にも正確に進んでいきます。
今できることを行おうとせずに、
過去のことを引きずるあまり、多くの時間を浪費したり、
これからなにが起こるか分からない未来を案じて、
進む事をためらっていてはいけません。
世の中は、進んでみて初めてわかることだらけです。

「 しかし、未来は
  決めることができる。」

結局、自分が思い描いた未来への思いや想像、
それを掴むための努力があって、
自分の未来は自分で作り出していくことができる。
そして、自分を生かしてくれている多くのありがたい存在に対して、
自分の持てる能力や才能で恩返しをしていく。
全てのものが全てを支えてゆく。

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