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2014年6月

仲居さんにセンサー装着 がんこフードの「科学接客」

仲居さんにセンサー装着 がんこフードの「科学接客」

 東京・銀座の和食店、がんこ銀座四丁目店。街の喧騒から隔離されたくつろぎ空間は、商談の場としても人気が高い。ここが、過去数回にわたり科学的・工学的アプローチによる「おもてなし研究のフィールド」になった。顧客が望む十分な接客ができているのか。それをつかむため“仲居さん”にセンサーを付け、行動を分析。おもてなしのレベルを高め、夜間の注文件数を4倍に伸ばすことに成功した。

がんこ銀座四丁目店(写真:村田和聡)

がんこ銀座四丁目店(写真:村田和聡)

 サービス業では、顧客の評価に直結する接客の善しあしが、現場スタッフの経験や気配りで決まりがちだ。そんな属人化している接客現場にセンサーを導入し、変革を進めているのが、がんこフードサービス(大阪市淀川区)である。センサー経由で集めたデータを、顧客サービスの改善に役立てている。

 顧客をもてなす時間が十分取れていないのではないか。和食店、がんこ銀座四丁目店での接客業務について、がんこフードサービスの新村猛副社長は不安を抱いていた。2010年後半のことだ。

 東京・銀座の中心地に店を構える銀座四丁目店。落ち着いた雰囲気の和室で、寿司や天ぷらなど様々な料理を楽しめるとあって、先々まで接待や宴会の予約で埋まる。夜の宴会では、顧客からの注文がひっきりなしに入り、接客スタッフは大忙しだ。

 こんな状況で果たして接客に十分な時間を取れているか。それを科学的に検証するため、新村副社長は自身が研究顧問を務める産業技術総合研究所(産総研)サービス工学研究センターに協力を要請。銀座四丁目店で、スタッフの接客状況の把握に乗り出した。

■副社長がグロースハッカー

帯の結びを形作る「帯枕」にセンサー(写真左下)を仕込んで行動を分析。(店内写真:村田和聡)

帯の結びを形作る「帯枕」にセンサー(写真左下)を仕込んで行動を分析。(店内写真:村田和聡)

 実は新村副社長は、サービス工学分野で博士号を取得する研究者。工学的手法を用いてサービスの現場を改善したり、統計学を駆使して需要予測をしたりすることで、和食店舗のサービス向上を進める「グロースハッカー」としての顔を併せ持つ。

 グロースハッカーとは、データを駆使して、企業や事業、サービスを短期間でどんどん改善し、成長させる仕掛け人を指す。米フェイスブックなどには統計学やプログラミングのスキルを備え、直面する事業課題を素早く解決する人たちが多数在籍し、注目を集める。まさにグロース(成長させる)ハッカー(高度な専門知識を使って成果を出す人)である。

 新村副社長の要請を受けて動いたのが、サービス工学研究センターの蔵田武志行動観測・提示技術研究チーム研究チーム長。GPS(全地球測位システム)を利用できない屋内のサービス現場をセンサーで捉え、拡張現実で分析するエキスパートである。

接客スタッフの行動をPC上で可視化。緑色の線がスタッフの動線

接客スタッフの行動をPC上で可視化。緑色の線がスタッフの動線

 着物に身を包んだ接客スタッフである“仲居さん”にセンサーを装着し、その行動を1週間記録することにした。接客スタッフそれぞれの行動データをPC(パソコン)に取り込み、3D(3次元)のコンピュータグラフィックス(CG)で再現した店舗に、スタッフの動きを可視化。POS(販売時点情報管理)データも組み合わせ、「接客スタッフがどの時間帯にどこにいて、どれだけの注文を受け付けたのか」を2011年1月に分析した。

 その結果、夜の時間帯にスタッフが接客エリアにいる割合は、40%を割ることが分かった。本来なら接客に専念するはずだが、忙しさのあまり、調理場から料理を運ぶ配膳係の仕事を手伝っていたのである。

 「接客時間がかなり少ない…」。結果に愕然とした現場関係者は、直ちに対策を講じた。調理場から料理を運ぶ配膳係を増員し、役割分担を改めて明確にした。

産総研と実施したセンサーによる行動分析を通して接客戦術を見直し、成果を出す

産総研と実施したセンサーによる行動分析を通して接客戦術を見直し、成果を出す

 さらに午後2~5時は、注文が少ない時間帯であるという調査結果に着目。その時間帯は、接客を最小限にとどめて、夜の繁忙時間のための準備に振り向けることにした。

■接客強化で注文件数が4割アップ

 改善の効果はてきめんだった。夜間の接客時間を多く取るようにしたことで、注文の件数は以前よりも約4割増えた。接客エリアの滞在時間をあえて減らした午後2~5時の注文件数も減らなかった。

 調査では、接客スタッフの店内の移動距離も測定した。トータルの移動距離は、改善の前後で変わらず。スタッフの作業負担を増やさず注文の件数を拡大できたわけだ。

 その後も改善活動を続けた。センサーによる接客スタッフの位置情報と、POSデータによる注文の受付件数を分析し、接客スタッフの最適な配置計画に役立てた。

ベテランは持ち場とそれ以外の注文も受け付けるので「守備率が高くて専念率が低い」。新人は持ち場でも他でも受け付ける注文数が少ないので「守備率と専念率が低い」。理想は自分の持ち場だけで全注文を受け付ける「守備率と専念率がともに高い」状況である

ベテランは持ち場とそれ以外の注文も受け付けるので「守備率が高くて専念率が低い」。新人は持ち場でも他でも受け付ける注文数が少ないので「守備率と専念率が低い」。理想は自分の持ち場だけで全注文を受け付ける「守備率と専念率がともに高い」状況である

 接客スタッフ個々に、担当する持ち場を決めたことで、それまで多くの顧客から注文を受け付けていたベテランの負担が激減。その一方で新人スタッフの当事者意識が高まり、顧客からの注文を“取りこぼす”ことがなくなった。「センサーによる行動履歴データとPOSデータの組み合わせが奏功した」と蔵田研究チーム長は話す。

■准教授の協力で「シミュレーター」開発

 がんこフードサービスの工学的アプローチはこれだけにとどまらない。2013年から、料理の注文を受け付けてから配膳するまでの時間、すなわち“リードタイム”の短縮に挑んでいる。

 注文した料理がなかなか来なければ、顧客は「いつまで待たせるんだ」といらだつもの。レストランが対象のサービス工学の研究でも、「リードタイムが短いほど顧客満足度は上がるが、長くなるほど顧客満足度は下がる」と分かっている。

 新村副社長はリードタイム短縮のため、再び外部のプロの力を借りた。オペレーションズリサーチの専門家、神戸大学の藤井信忠大学院システム情報学研究科システム科学専攻准教授の協力を得て、「調理場シミュレーター」を開発し、店舗設計に生かしている。

 調理場シミュレーターで、オーブンやフライヤーといった調理設備を配置した調理場をPC上に再現し、そこに料理人を配置。店舗のPOSデータに基づく1日の注文データを投入し、料理人に負担をかけず、効率よく調理できるかどうかをシミュレーション。改装する店舗や新店舗の調理場レイアウトの設計と料理人の配置に役立てている。

調理場シミュレーターで料理提供のリードタイムを短縮。従業員と装置を配置し、実店舗の注文データを投入してスムーズに料理を提供できるかどうかを検証

調理場シミュレーターで料理提供のリードタイムを短縮。従業員と装置を配置し、実店舗の注文データを投入してスムーズに料理を提供できるかどうかを検証

 店舗の改装で成果を出したのは、2013年末にリニューアルした大阪市北区のがんこ曽根崎本店だ。

 調理場シミュレーターを活用したところ、「フライヤーがフル稼働し続けている」「持ち場によって料理人の忙しさが違う」など様々な課題が見つかった。調理設備の台数や位置、料理人の役割分担を見直した。

 こうして最適解を見つけ出し、曽根崎本店の調理場を改善。リードタイムを以前に比べて2割ほど短縮した。「出来立ての温かい料理が楽しめる、とお客様からも好評だ」と新村副社長は笑顔で話す。

 京都市伏見区に新規出店した京都下鳥羽店も、シミュレーターを使って調理場を設計した。シミュレーションを9回繰り返して調理場レイアウトを決め、2013年9月に開店。運営が軌道に乗った時点で、1時間に料理人1人が生み出す売上高を調査し、シミュレーターを使わずに設計した店舗の実績と比較してみた。

 すると、調理場の設計にシミュレーターを使っていない店舗に比べ、売上高が3割高いことが分かった。料理提供のリードタイムを縮め、顧客満足度と売り上げの両方を高めたがんこの取り組みは、リアルな現場におけるグロースハックの好例といえる。

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パイロットの年齢上限を緩和 現行64歳見直し検討 国交省

パイロットの年齢上限を緩和 現行64歳見直し検討 国交省

 国土交通省は航空会社のパイロットの年齢制限を緩める検討に入った。現在64歳の上限を2015年度から1~2年延ばす。格安航空会社(LCC)の就航増などを背景にパイロット不足が深刻になっていることに対応する。併せて乗務時間制限の緩和や海外のライセンスを持つ外国人パイロットの登用促進策も打ち出す。27日に開く有識者会議で同省案として示す。

 人材確保策の柱は年齢上限の引き上げだ。国交省は上限を1996年に62歳、04年には64歳へと引き上げてきたが、運航上の問題は起きていないと判断した。

 自社でパイロットを養成できる大手と異なり、LCCなど新規参入組は若手を育てる資金的な余裕が乏しい。高齢でも熟練した技術を持つパイロットを即戦力として活用したい航空会社も年齢制限の緩和を望んでいた。国際的に上限年齢を64歳とする国が多いなか、日本が先駆けて65歳以上の人材活用に踏み出す。

 60歳以上のパイロットは「加齢乗員」と呼ばれ、通常の航空身体検査に加えて7項目の追加検査に合格する必要がある。国交省は安全に万全を期すため専門家を交えて検査のあり方などを見直し、64歳から1~2年程度の引き上げを検討する。

 乗務時間制限の延長も検討する。現在は国交省の通達で1カ月の飛行時間が100時間以内、3カ月は270時間以内などと決まっている。16年度にも新たに疲労度合いを科学的に管理する手法を取り入れ、航空会社がパイロットの体調を的確に把握できれば乗務時間を延ばせるようにする。

 乗務できる年齢の上限や乗務時間制限を延ばすかどうかは航空各社が労使協議で決める。

 政府は3月に自衛隊のパイロットを民間航空会社へ転身させる制度を約5年ぶりに再開した。より中長期的な対策として、パイロットを養成する私立大向けの支援も打ち出す。私大の養成コースは航空大学校より学費が高いため奨学金制度を創設する。海外で取ったライセンスを持つパイロットが日本の航空会社に勤める際の手続きも簡単にする。

 航空需要は世界的に拡大する見通しで、パイロットの不足感は一段と強まる。国交省によると、現在の年間供給は150~200人。現状のままだと40歳代が退職期を迎える30年ごろに年400人規模の採用が必要となり、年200人程度の不足が生じることになる。

 パイロット不足は12年の参入以来、路線網を急拡大してきたLCCを直撃している。関西国際空港を拠点とするピーチ・アビエーションはパイロットの採用が計画通りに進まず、夏場に予定していた増便をほぼそっくり取りやめた。5~10月に最大約2000便を減便する方針だ。

 成田空港を拠点とするバニラ・エアもパイロットの退職が相次いだため、6月に計154便を減便する。中国系の春秋航空日本(千葉県成田市)も必要な人数の機長を確保できず、8月1日に就航する成田発着の3路線のうち成田―高松線の一部の便を運休する。

 バニラがグループ会社の全日本空輸から機長の出向を受け入れるなど各社は対応に躍起だが、国内のパイロット数には限りがある。一部ではLCC同士で人材を引き抜きあっているとされ、健全な競争環境を取り戻すために規制の見直しを求める声もあった。

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所沢「産廃銀座」を立て直した女

所沢「産廃銀座」を立て直した女

 ダイオキシン野菜報道で非難を浴びた埼玉県所沢市を中心とする産業廃棄物処理業者。非難の矢面に立たされた最大手業者を、外国人も視察に訪れる「環境企業」へと大転換させた女性経営者の「12年の軌跡」を追う。

 かつて「産廃銀座」と呼ばれた埼玉県南部のくぬぎ山。そこが今、環境学習の中心地に変貌している。森林が整備され、財団法人日本生態系協会から、保全活動で「AAA」という最高ランクの評価を受けた。

瀕死の産廃会社を一変させた石坂産業社長の石坂典子

瀕死の産廃会社を一変させた石坂産業社長の石坂典子

 この「里山再生」を成し遂げたのが、1999年のダイオキシン野菜報道で糾弾され、存廃の危機に立たされた産廃業者であることはあまり知られていない。

 石坂産業(埼玉県三芳町)は、本社の敷地15万8000平方メートルの約8割を森林パークとして整備し、無料開放している。そして環境学習プログラムも提供する。

 本業でも、環境負荷を減らすため、処理ラインを屋内に作って粉塵の飛散を防ぐ。そして、独自の技術で、持ち込まれた廃棄物の97%を再資源化する。こうした取り組みが評価され、昨年、中南米10カ国の大使が視察に訪れた。

■取引先と社員が去っていく

 「会社が潰れるまで反対運動を続ける」。反対派の住民からそう敵視された会社は、わずか10年余りで一変した。地域の信頼も勝ち取った。三芳町長の林伊佐雄は、「石坂産業は町の環境政策の先を走っている」と評価して、連携を図っている。

 この大転換を成し遂げたのは、42歳の女性社長、石坂典子だった。ダイオキシン問題に揺れる会社で、30歳にして父から経営を引き継いだ。

 「反対運動が激しかった時に社長になったから、その後はショックを受けずに済みました」。石坂のその言葉は、就任当初の過酷な経営状態を如実に物語っている。

 反対派住民は、黒煙を吐き出す焼却炉を「諸悪の根源」と糾弾した。石坂産業は、投資したばかりの最新の焼却炉まで廃棄せざるをえない状況に追い込まれる。そして、10億円の借金だけが残った。

 「家業から企業へと変わらないと、淘汰されると思った」。石坂はそこから、地域との対話を始める。

 地元に溶け込むため、敷地を囲んでいた高い塀を取り払った。そして、雑木林を整備しながら、人々を引き寄せて「自然学習の中心地」へと変貌させていく。

 「森が地域との緩衝材になる」

 この大転換は、軋轢(あつれき)も生み出した。取引業者はトラックで廃棄物を運んできて、石坂産業の敷地内で順番を待つ。石坂は、環境負荷を減らすため、エンジンを切ってほしいと頼んだ。

 「おまえ、それが客に向かって吐く言葉か」。そう言ってタバコの吸い殻を投げつけられた。

 従業員教育も、古手の社員の神経を逆なでした。かつては、タバコをふかしながら作業につき、職場で酒を酌み交わすこともあった。そこにISO(国際標準化機構)の認証を取ると宣言した。夜間に講習を開こうとすると、多くのベテラン社員が「やってらんねえ」と言って辞めていった。

 新米の女性社長に降りかかる数々の難題…。中でも、最大の山は、事業の柱である焼却炉がなくなった中で、どう廃棄物を処分するか、その技術を確立することだった。それが、ゴミを資源に変えていく取り組みになっていく。

 「産廃は経済を支える重要な役割を担っている。この仕事にプライドがある」

 石坂は、産廃業者として奔走する父の姿を見て育った。その原体験が、苦境の中で支えになった。

 石坂が生まれた頃、父・好男は東京・練馬でトラック1台を購入して会社を起こした。1982年、所沢市に隣接する三芳町に会社を移している。石坂が中学生の時、工場の落成式があった。飯場の喧噪とともに、その風景は今でも記憶に強く残っている。

■「女にできる仕事ではない」

 高校卒業とともに米国に留学したが、数カ月で大学を中退して、放浪生活を始めた。それを憂いた父は、米ロサンゼルスにいた石坂を訪ねて、会社を手伝うように説得する。折れた石坂は帰国し、事務や営業を担当した。

 そんな99年、所沢産野菜のダイオキシン汚染報道が石坂産業を直撃する。くぬぎ山最大規模の焼却炉を持つことから、反対派の集中砲火を浴びた。反対運動の中心的存在だった関谷豊は、多くの産廃業者と渡り合った。だが、宿敵だったはずの石坂に会うと、他の業者と違うことを感じ取った。

 「この地域から、産廃業者がみんな逃げていった。その中で、石坂さんは我々の声を聞こうとしていた。残る企業は違うな、と思った」

 結局、石坂産業は、年商23億円の7割を稼いでいた焼却炉を廃棄することを決める。そして、企業存続の危機を迎える。本業を失って売り上げが急減すれば、資金繰りに行き詰まることは見えていた。

 この危機を回避するには、これまで通り廃棄物を受け取り、それを同業者に委託して焼却処理してもらうしかなかった。だが、創業者である父は、同業他社に頭を下げることはプライドが許さない。ならば、石坂が「会社の顔」として、頼み込めばいいのではないか。

 石坂が社長交代を口にすると、父は形相を変えた。「女にできる仕事ではない」

 そう一喝されたが、破綻回避に他の道はなかった。しかも、反対派は「石坂産業を潰すまでやめない」と息巻いていた。この対応も、女性が前面に出た方が、冷静に交渉が進められる。

 2002年、父は代表権を握ったまま、「社長」の座を石坂に譲る決断を下す。石坂は「見習い社長のようなものだった」と振り返る。だが、ここから産廃事業の大転換が始まる。

 まず石坂は、ライバル会社への焼却業務の委託に奔走した。「横流しだから、決していいことではない。でも、それで急場をしのぐしかなかった」。同業者に頭を下げて回り、時間稼ぎをしながら、1年半で業態を一変させていく。

■ピンチをチャンスに変える

巨大な作業機械も建屋の中に収めた

巨大な作業機械も建屋の中に収めた

 「設備を全て廃棄したことで、一からラインを作り直すチャンスになった」

 持ち込まれた廃材などを粉砕して、細かく分別していく。そのラインを、一から設計していった。しかも、巨大な建物の中に設備を作っていく。

 「水(湿式処理)には絶対に手を出すな」。父は石坂にそう言い続けた。廃棄物から資源を選別する場合、水に浮かせる方法もある。だが、大きな河川がない所沢地区では、環境負荷が大きい。汚泥も出る。そこで、手作業や風力によって、資源を選別していった。

 農具として使われる唐箕(とうみ)の理論も参考にした。風力を穀物に当てて、軽い殻などを遠くに飛ばし、重い穀物を手前に落とす。重量によって選別するわけだ。

 前例のない作業ラインを構築するため、石坂は全国の機械メーカーを渡り歩いた。通常、産廃業者は、大手商社に依頼してプラント一式を購入する。「この業界では、後で金銭トラブルになるケースが少なくなかった。だから、慣行として、商社をかませて取り引きをしていた」

 だが、石坂は父と一緒にメーカーを回り、品定めをして、個別に発注していった。メーカーは、どういうラインになるのか分からないため、「動作の保証ができない」とひるむ。だが、石坂は「保証はいらない」と言って現金を差し出す。相手は、断る理由がなくなる。

 様々なメーカーの機械を並べて、ラインを組み上げていく。だから、2005年に稼働が始まると、トラブルが頻発した。通常、産廃の資源を分別するラインは、コンベアの上に破砕した廃材を流し、人が選別し、機械でふるいにかける。そのため、ラインが止まることはほとんどない。こうした工程で8割程度が資源化できる。

 だが、石坂産業はさらに800メートルの分別ラインに乗せ、数十もの独自の工程で選別して、97%を資源化する。前例のない取り組みのため、2年が過ぎても年間9000分のトラブル停止があった。

 「機械をうまく動かすには、人を教育するしかない」。そう痛感した石坂は、ISOの取得を決め、挨拶も含めた社員教育を徹底していった。技術スキルの向上のため、「石坂技塾」と名付けた研修会を設け、50を超える講座を用意している。機械や重機を使いこなすなど、高い技能スキルを習得すると、賃金が高い職種に転換できる制度も導入した。社員の技能が向上したことで、機械のメンテナンスも外部委託せず、社員がこなしている。

独自のラインで、廃棄物から分別された「資源」

独自のラインで、廃棄物から分別された「資源」

 こうして業界に類を見ないラインを構築し、トラブル停止もほぼ解消した。そして97%という驚異的な再資源化を達成した。だが、まだ3%の物資は最終処分場に持ち込んでいる。

 「今、この3%をなくす技術を研究している」

 静電気を使って、残留物をより細かく分別しようと考えている。この計画に、機械メーカーは驚愕した。静電気を取り除く機械は作っていたが、「静電気を起こしてほしい」という要請は初めてだったからだ。

■下流から日本経済を変える

 究極の環境経営を目指す──。その理念に共感する社員と取引先が、ふるいにかけられるように残っている。そして、業績も社長就任時の23億円から41億円にまで伸ばした。昨年、石坂はついに代表権を持つことになった。それは、名実共に「最先端の産廃会社」の経営トップに立ったことを意味する。

 そして今、石坂産業にゴミを持ち込む業者が殺到している。バブル崩壊以降、業界全体が投資に及び腰になった。その間に、石坂産業は設備を一新したことになる。しかも、環境対策への規制が厳しくなる時代の流れにも乗っている。勢い、ゴミ収集業者は、都心に近い石坂産業に廃棄物を持ち込む。

 だが、産廃施設は、自治体の許可を取らないと処理能力や構造を変更できない。そこで、石坂産業は値上げをしながら、受入量を調整することになる。これについてくることができる取引先に、客層が絞られていく。

 「経営者にとって、『来てください』と言うよりも、『来ないでください』と言うことの方が難しい」

 それは石坂の本意ではない。廃棄物を持って行く場所がなくなれば、不法投棄につながりかねない。「処理能力を簡単に変更できない制度に問題がある」。石坂は、こうした硬直的な法制度の背景には、「廃棄物は汚いから、その現場を直視しようとしない姿勢がある」と見ている。

 また、日本社会には産廃業者への不信感も根深く残っている。法制度で業者を厳しく縛らなければ、野放図な処理に走りかねない、と。

 そんな現況を打破するには、信頼を勝ち得るしかない。だから、石坂は工場のラインを公開する。さらに、地域の自然環境を整備して、環境学習プログラムまで充実させ、企業人や住民を集めていく。環境意識の高い人々と交流することで、石坂産業の取り組みもより高い水準に磨き上げられていく。

「産廃業者の可能性とプライド」が石坂を動かす

「産廃業者の可能性とプライド」が石坂を動かす

 「産廃について一緒に考える機会を増やして、『自分の目の前から、ゴミがなくなればいい』という意識を変えていきたい」

 そう言う石坂は、企業向けの環境講座で講師を務めている。モノ作りの上流であるメーカーや、それを運ぶ流通業者などに、「下流」である処分現場を知ってもらう意義が大きいと考えているからだ。

 「そうすれば、モノ作りの段階から、最終処分や環境のことを考えてくれる」

 産廃から日本経済を変えていく──。石坂の壮大な構想は、かつてのダイオキシン騒動の中心地を一変し、さらに大きなうねりを生み出そうとしている。

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無人機ビジネスに死角 軍事転用、リスク増 (真相深層)

無人機ビジネスに死角 軍事転用、リスク増 (真相深層)

 対テロ戦争で開発が進んだ無人機を民間利用する動きが加速してきた。新たなビジネスの可能性が広がる半面、軍事転用リスクも世界に拡散する。革新をもたらすとされる無人機ビジネスに死角はないのか。

米グーグルの買収先が開発中の無人機(完成予想図)=AP

米グーグルの買収先が開発中の無人機(完成予想図)=AP

 「重要な一歩だ」。10日、フォックス米運輸長官は米連邦航空局(FAA)が同日発表した飛行計画の認可に歓迎の声明を出した。英石油大手BPなどがアラスカ州内の油田設備の調査を目的に無人機を飛ばす計画。米国内で無人機の民間利用が認可されたのは、これが初めてだ。

 今年4月には、米グーグルが無人機ベンチャーの米タイタン・エアロスペース(ニューメキシコ州)を買収。翼に搭載した太陽電池パネルで発電しながら、高度約2万メートルの上空を5年間飛び続けられる無人機を使って、通信サービスなどを提供する技術の本格的な検討に入った。

豪・中企業が主導

 米アマゾン・ドット・コムなども参入を急ぐ無人機ビジネス。だが配送などの商業化で先行するのは米国勢ではない。オーストラリアと中国の企業だ。

 豪シドニーを拠点とする教科書販売・レンタルのズーカルは、6つのプロペラで飛ぶ小型無人機での配送サービスを始める。スマートフォン(スマホ)で注文を受け、全地球測位システム(GPS)を使って、顧客のスマホに向けて無人機を飛ばす仕組みだ。中国の宅配大手、順豊エクスプレスも過疎地への配送の試行を始めた。

 豪政府は無人機ビジネスをいち早く解禁。軍用無人機の開発を進める中国政府は商用の開発も後押しする。日本では20年にわたり農薬散布に無人ヘリが使われてきた。

 これに対し、米国は軍用以外の無人機利用を警察や消防、学術研究などに制限してきた。FAAは2015年9月を目標に無人機飛行のルール作りを進めているが、対応は慎重だ。無人機の開発を主導した米国が民間利用に二の足を踏むのはなぜか。

 「急速に発達する民間技術を手に入れて攻撃能力を高める敵に対抗するシステムの提案を求む」――。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)。プレデターなど米軍の無人機の開発を推進した部局が2月、こんな募集を出した。

 DARPAが構築を急ぐのは、無人機と有人機を組み合わせた防衛体制。アフガニスタンなどで展開した遠隔操作の無人機によるテロリストの監視や空爆だけでなく、空中戦も想定する。無人機攻撃の脅威に、無人機技術の一段の向上で対応する構えだ。

韓国領の島に墜落していた小型無人機と搭載していたニコン製カメラ(韓国国防省提供)=共同

韓国領の島に墜落していた小型無人機と搭載していたニコン製カメラ(韓国国防省提供)=共同

 米軍が独占してきた無人機の技術は急速に拡散した。インターネットサイト「UAVGlobal」には、100ドル(約1万円)程度で手に入る趣味用の小型機から、数百万ドルの軍用無人機を製造する企業がリストアップされている。その数は50カ国以上、409社にのぼる。

日本製品使う?

 3月から4月にかけ、北朝鮮が飛ばしたとみられる無人機が発見された事件。韓国の軍施設などを撮影していたとされる無人機のエンジンやセンサーは日本製の市販品の疑いがある。大阪府の模型エンジンメーカーは「映像を見るかぎり、弊社の製品の可能性がある」と認める。

 技術を悪用するのは国家とは限らない。昨年6月、ドイツで無人機によるテロ計画が発覚した。容疑者はGPSで誘導する無人機システムの開発を研究する2人のチュニジア系学生だった。

 米政府がテロ組織に指定するレバノンの民兵組織ヒズボラは空軍を持たないが、数百の無人機を保有するとされる。米軍はこうしたテロ組織や敵対国から無人機攻撃を受けるリスクを数年前から深刻に受け止め、対応策を練ってきた。

 「軍が開発したコンピューターやインターネットは民間技術で一段と発展し、軍事に改めて応用された。無人機も同じ流れにある」。米ブルッキングス研究所のピーター・シンガー上級研究員は指摘する。

 米国が直面するのは、対テロ戦争で兵が殺されないようにするために開発した無人機が新たなテロを生むジレンマだ。開発競争の行き着く先は、自ら人を殺す判断を下すロボット無人機なのか。規制論は国際的に熱を帯びてきた。日本も無縁ではいられない。

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ANA飛ばずに稼ぐ タイで機長育成

 ANAホールディングス(HD)が新たな収益源の育成に乗り出す。アジアのパイロット不足に着目し、2014年度中にタイに乗員養成拠点を開設するほか、15年度には沖縄で航空機整備事業を始める。狙いは需要の伸びる格安航空会社(LCC)だ。国際線の強化と同時に「飛ばずに稼げる」事業を増やし、経営基盤を安定させる。

 「運航コストが海外航空会社より高い。どう考えるか」。ANAHDが23日に開いた株主総会。ある株主は経営陣に厳しい質問を投げかけた。

 座席数と飛行距離を掛けた国際線の運航規模で4月、日本航空を逆転したANA。逆転は全日本空輸が1986年に国際線に参入して初めてだが、経営陣に浮かれた様子はない。円安に伴う燃油費上昇で14年3月期の営業利益は659億円と前の期比36%減少。一昨年実施した約1700億円の増資も響き、株価も上昇力を欠いたままだ。

 収益力向上の解決策として伊東信一郎社長が掲げるのが、アジアの航空市場の成長力の取り込みだ。23日の株主総会でも、片野坂真哉副社長は増資で調達した1700億円の資金の使途について「航空事業とシナジーの高い分野を中心に、アジアの戦略的な投資に活用する」と説明した。

 試金石と位置付けるのが乗員養成事業だ。

 関係者によると、ANAは乗員養成学科を持つタイのアサンプション大学と組み、今年度中にバンコク市内にパイロットの養成施設を開設する。LCCに人気の欧エアバスの小型機「A320」のフライトシミュレーターを導入。同大学の訓練に加えアジアのLCCから訓練需要を取り込む。

 「アジアではますますパイロット需要が増す。ニーズは大きい」と幹部は話す。アジアでは30年に今の4.5倍の23万人のパイロットが必要とされ、深刻な人材不足が懸念されている。ANAは先手を打って昨夏、パイロット養成会社の米パンナムを約130億円で買収しており、タイにもノウハウを注入する。

 強化するのはパイロット養成だけではない。

 「オキナワをアジア展開の核にする」。沖縄をアジアの貨物ネットワークのハブ(中核拠点)に位置付けるANAは、新規参入する航空機整備受託事業でも沖縄を拠点にすることを決めた。15年度の事業開始を見据え、航空機整備の新会社を設立。300人近い技術者を集め、エンジン分解などの「重整備」も行う。グループ外から整備を受託するのは初めてだ。

 新規事業強化で、同社がベンチマークとするのは独ルフトハンザ航空だ。ルフトハンザはパイロット養成や整備を幅広く手掛け、航空業界で多角化の成功モデルとされる。13年も非航空部門が利益の過半を稼いだ。

 ANAは2月にまとめた3カ年中期経営計画で、16年度までに国際線の運航規模を45%増やす方針を掲げており、国際線依存度が高まる見通し。テロや災害リスクに備えるため、LCC普及で先行する欧州市場を見習い「フルサービスキャリア」として生き残る考え。

 ただ、ANAの場合、非航空事業の利益はまだ全体の1割強。当面は売上高の9割近くを占める航空事業が収益の柱であることには変わりがない。足元では傘下のLCCがパイロット不足で相次いで減便に追い込まれており、グループ内部の足場固めも必要だ。ANAがアジア航空業界の盟主の座を射止めるには、成長に向けた戦略投資と既存事業の収益改善の両立が求められる。

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ホテルマン文化をぶちこわせ

ホテルマン文化をぶちこわせ  (星野佳路氏の経営者ブログ)

星野佳路(ほしの・よしはる)1960年4月、長野県軽井沢町生まれ。30代で家業の温泉旅館を継承すると、経営難に陥ったリゾートホテルやスキー場の再生に手腕を発揮し「リゾート再生請負人」の異名を持つ。インドネシア・バリ島にも進出し、グローバル規模で32の高級旅館やリゾート施設を展開している。中学から大学までアイスホッケーに明け暮れた筋金入りの体育会系。趣味は自然の山を滑るバックカントリースキー。

星野佳路(ほしの・よしはる)1960年4月、長野県軽井沢町生まれ。30代で家業の温泉旅館を継承すると、経営難に陥ったリゾートホテルやスキー場の再生に手腕を発揮し「リゾート再生請負人」の異名を持つ。インドネシア・バリ島にも進出し、グローバル規模で32の高級旅館やリゾート施設を展開している。中学から大学までアイスホッケーに明け暮れた筋金入りの体育会系。趣味は自然の山を滑るバックカントリースキー。

 インドネシアのバリ島で今年、リゾートホテル「星のや」が開業する見込みでしたが、「予定通り」遅れています。今年中に施設が完成し、来年春のオープンとなりそうです。お国柄もありますが、施設の質にこだわった結果で、想定内のことです。

 ちなみに当社が旅館を開業してから今年で100年です。100年たち、ようやく海外に展開できます。日本のリゾート企業で、世界市場で多店舗化戦略に乗り出すのは初めてかもしれません。

 チャンスはあると思っています。なぜならホテル経営そのものが「コモディティー」化し、利益率が低くなっているからです。世界の都市で大手ホテルのブランドが乱立しているのは顧客視点ではなく、土地・建物を保有するオーナー側の事情が大きいといえます。

 多くの都市ホテルは、チェーン展開をする企業がオーナーの代わりに運営するわけですが、オーナーは近くに同じブランドのホテルがあるのを嫌がります。そこでチェーン企業はブランドを変えて、運営します。運営マニュアルが同じなので、違いは出せません。極端に言うと、マネジャーとシェフを引き抜けば、「ホテル」ができてしまう。そして実際に近年はオーナーが自ら運営するケースも増えています。

 2008年のリーマン・ショック以降にこうした動きが目立ちますが、汎用化したマニュアルを使うホテルの利益率は高くはありません。だからこそ、私たちは「これまでとは違う方法で生産性を上げることができるのかどうか」を考えたわけです。それが1人のスタッフが接客から清掃、調理までをこなす「マルチタスク」化につながりました。

 マルチタスク化を磨けば、生産性が上がり、利益も増える。チェックインからチェックアウトまで1人で幅広い分野を担当するので、顧客の要望や不満などがつかめ、改善も早くできます。縦割りだと、サービス改善ひとつとっても部門間の調整に手間取りますし、仕事の好き嫌いも生まれます。

 代表的なのが清掃です。手間のかかる仕事なので、従来のホテルマンはこれを嫌がることもあり、お金を払って外部企業に委託するケースも多い。この結果、旅館やホテルは赤字で、清掃会社だけが利益を出すという構図が生まれています。

 調理もそうですね。調理師を外部から派遣してもらうケースは多いのです。ですが本来、調理師は季節や地域に応じたメニュー戦略を考える創造的な役割を担い、施設の競争力です。野菜のカットなど調理部門の一部もマルチタスクでこなすことはできるのです。外部に任せると、そこが「治外法権」になってしまい、独自性が出せなくなります。

 日本は非正規労働を増やす傾向にありましたが、逆だと思います。いかに非正規社員に任せる部門を減らすかが重要です。とりわけ我々のように地方でビジネスをする会社が優れた人材を確保するには正社員になっていただくのがベストです。

 2016年には、東京で「星のや」を開業します。将来はリゾート地だけではなく、世界の大都市でビジネスを展開したい。そのためにはマルチタスクを磨き、生産性とサービス力を両立した運営をすることが条件になります。とにかくチャレンジです。

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