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旬のサンマが届かない…トラック新規制の衝撃

旬のサンマが届かない…トラック新規制の衝撃

 北海道のサンマが西日本に、九州のレタスが東日本に届かない――。こんな事態が現実味を帯びてきた。原因は今年1月から適用されているトラックの新規制。安全を確保し過重労働からドライバーを救うはずの規制なのだが、逆に、高いハードルを越えられない中小零細の運送業者を「仕事の放棄」に追いやっている。過酷な労働集約の上に効率化が進んできたという日本の物流の現実が、矛盾となって吹き出した。

■高速バス事故の余波

 「今年は関西の人たちにはうまい刺し身を食べさせてやれないかもしれない」――。

 サンマの国内水揚げ量の6割を占める北海道。中でもトップクラスを誇る釧路市で7月上旬、サンマの荷受け関係者を集めた懇談会が開かれた。8日の北海道東部の流し網漁解禁を控え、議論の中心になったのはトラック輸送の厳しさだった。

 釧路から関西方面にサンマを運ぶ日数はこれまで3日だったが、今年は少なくとも4日はかかりそうだという。たった1日延びただけと思うかもしれないが、鮮魚にとっては致命的。「4日では鮮度が保てない。冷凍も考えないといけない」(地元水産加工会社)。生と冷凍では、刺し身だけではなく焼きサンマにしても味が大きく変わる。水揚げ量が増える8月下旬が迫るが、北海道水産物荷主協会は「実際に西日本にどうやって運んでいいのか、まだ手探り状態が続いている」と頭を抱える。

 「神戸コロッケ」や「RF1」などの総菜店を展開するロック・フィールド。食材調達担当者は今夏、サラダなどに欠かせないニンジン、ダイコン、レタスなどが、主力の静岡工場(静岡県磐田市)に届かない事態を警戒する。こうした暑さに弱い野菜は、夏場、東北や北海道、九州の高原など涼しい遠方地から集めている。だが今夏に限っては、トラック運送会社から突如「納期に間に合わない」「運べなくなった」と連絡が入るリスクがあると、春先に取引業者から耳打ちされていた。

 なぜこうした「食卓の異変」が起きているのか。原因を遡ると2012年4月に関越道で発生した高速ツアーバスの事故に行き着く。金沢・富山―関東を片道3000円台で運行するバスが藤岡ジャンクション付近で防音壁に激突。乗客7人の命が失われ、乗客乗員39人が重軽傷を負った、あの惨事だ。

 「眠気を感じたのに運転を続けた」。前橋地裁は今年3月25日、自動車運転過失致死傷罪などに問われたドライバーに対し、懲役9年6月の実刑判決を言い渡した。ドライバーの責任もさることながら、事故から明らかになったのは、安全よりコストを優先しがちの運送事業者の姿勢だった。

 短期雇用で十分なドライバー教育をしない。名義貸しによる無許可営業。車両整備を怠る――。問題を重く見た国土交通省は昨秋、バスだけでなくタクシーやトラックなど自動車運送事業者全般に対する監査方針・行政処分の基準を改正。今年1月からその適用を始めたところ、北海道と九州の中小零細トラック業者を中心に大混乱が湧き起こった。

トラックのドライバーの労働時間は例外的な場合でも16時間が上限だ

トラックのドライバーの労働時間は例外的な場合でも16時間が上限だ

 「今までのようには荷物は届けられない」「仕事を断るしかない」「減車する」「働き者のドライバーにやめてもらう」……。理由は「新ルールの違反で処分されると、即廃業になるから」だ。

 実はトラックのドライバーの労働時間(1日の拘束時間)は労働基準法に基づく「厚生労働大臣の告示」という公的な縛りで、基本13時間、例外的な場合でも16時間が限度と決められている。15時間を超える回数は1週間に2回以内。さらに睡眠を含む1日の休息は連続で8時間以上とらなければならない。

■即退場でルール厳守を迫る

 つまり、長距離トラック1台では最大で片道16時間のエリアしか荷物を運べない。高速道路の渋滞や途中休憩などを考慮に入れると、北海道から南下する場合は東京近郊、九州から北上する場合は名古屋近郊で時間切れになり、そこから先に運ぶには別のトラックに荷物を乗せ替えるなどの対応が必要になる。しかも、その業務に携わったドライバーは翌週まで長距離運転ができない。これが本来のルールだ。

 だがこれまで、中小零細のトラック業者でこのルールを厳守しているのは少数派だった。「配送時間短縮への荷主の要求は高くなっても低くはならないのが業界の常識。業者間の競争も激しく、ルールを守っていたら食えなくなる」(宮崎県のトラック業者)

 実際のルール運用では、国交省は整備や点呼など他の安全管理項目を含めて違反件数を実質的に点数化して、それに見合った行政処分をしている。これまでは、労働基準監督署などの調査で乗務時間違反が露見しても違反点数が一定の範囲で収まっていれば、数台のトラックが短期間使えなくなる軽い処分で済んだ。

 だが、新規制では違反根絶を目指し行政処分を大幅に厳罰化した。労働時間の上限を組織的に無視した場合などは「重大かつ悪質な違反」と認定。「会社丸ごと30日間の事業停止」という処分を下す。1カ月間、すべてのトラックを動かせず、1銭も入ってこない。中小零細トラック業者にとっては、即、経営破綻を意味する厳しい内容だ。

■6月に出た処分第1号

 労働時間の上限を守る方法は実はいくらでもある。1台のトラックに2人のドライバーが乗って交代しながら運転する。中間地点に支社を作ってそこでドライバーを交代する。途中、提携事業者のトラックに乗せ替える。だが、中小零細の運送事業者にとってこれらは机上の空論だ。「増えるコストを荷主は負担してくれない」(福岡市の業者)からだ。

重大なトラック事故が相次いでいることを受け、警視庁交通部などは7月2日、都内97カ所でドライバーに安全運転を呼びかけた(東京都大田区)

重大なトラック事故が相次いでいることを受け、警視庁交通部などは7月2日、都内97カ所でドライバーに安全運転を呼びかけた(東京都大田区)

 では、どうしたらいいのか。一発退場ルールにおびえる業者は知恵を絞る。「フェリーを使ってドライバーの休息時間を確保する」(北海道苫小牧市の業者)。「長距離の仕事はやめ、その分をカバーする近場の仕事を一生懸命探している」(北海道千歳市の業者)

 「厳しい仕事はどんどん下請けに回すようにしている」。北関東の中堅業者は、こんな実態を明かした。トラック数百台の業者から、数十台の業者へ。そして数台の業者へ。「個人に近い末端業者は今もルール違反をいとわない」。だが、末端へのしわ寄せにも限界が来ている。

 九州のある小さな業者は近く廃業する予定だ。数カ月前、労働基準監督署の職員がやってきて、ドライバーの日報と走行メーターの記録を持って行ったという。食材の戸別宅配会社向けに九州の新鮮野菜や特産果物を関東地方に届ける業務が安定収入だったが、これがあだになった。「16時間の上限など気にしない”優秀”なドライバーに毎週関東に行ってもらっていた。このままでは確実に処分される。その前に世話になったドライバーには次の職場を見つけてもらいたい」。自らも時々ハンドルを握る経営者は、既にあきらめたのか、法令違反の勤務実態を淡々と語った。

 国土交通省自動車局安全政策課によると、6月、全国初となる30日間の事業停止処分が関東の事業者に対して出た。近く重大な違反を犯した静岡県の事業者にも処分を出す方向だという。おびえが現実になったことで、長距離の仕事を手控える動きが運送業者の間で加速するのは確実だ。

■トラック野郎の夢

 長距離トラック運転手の代名詞、「トラック野郎」。俳優の菅原文太が主演した同名の映画が封切られたのは1975年で、79年までにシリーズ10作品が制作され国民的な人気を博した。高速道路が整備され、陸運が日本の経済発展を下支えした時代。銀幕の中で主人公の星桃次郎は愛車「一番星号」に乗り、日本全国を走り回った。

 この頃、星と一番星号にあこがれて長距離ドライバーになった者は少なくない。実際、90年代にバブルがはじけるまでは、きついながらも高給を得られる人気職種だった。20代に体力にまかせて数千万を稼ぎ、自分のトラックを買う。30代に仲間と運送会社を立ち上げ、さらに稼ぎまくる。派手な装飾の「デコトラ」は成功の証しで「フェラーリが買えるような資金を投じるドライバーも少なくなかった」(自動車部品店、トラックショップジェット千葉店店長の荒川久)。

 「仕事に一度出たら10日前後は家に帰らないのはザラ。その代わり月給は社長より多く、100万円を超えるのが当たり前だった」。こう語る大阪府門真市のドライバーは23歳からハンドルを握り、現在61歳。バブル崩壊後の「失われた20年」は、需要縮小と競争激化で月額給与は減り続け、今は40万円を割り込んだ。「ルール違反の処分も怖いし体力的にもきつくなってきた。年内に引退したい」

■人手不足のスパイラル

 常態化しはじめた離職、廃業。さらに燃料軽油の高騰でトラック運送業の採算は悪化の一途をたどっている。ドライバーの賃金は引き続き低く据え置かれ、嫌気がさしたドライバーの離職が増加。若者もトラック野郎になりたがらないという負のスパイラル。業界では来年にも14万人のドライバーが不足するという「2015年問題」がささやかれ出した。

 物流大手も危機感を募らせる。5月22日、都内ホテルに物流各社の幹部が顔をそろえた。「特積み」と呼ばれる地域をつなぐ長距離のトラック輸送を担う企業で、ヤマト運輸、西濃運輸、トナミ運輸、札幌通運、名鉄運輸、中越運送、第一貨物、カンダコーポレーションという業界の雄、8社が一堂に会した。

 物流版G8の緊急テーマは「10年先の(トラック)幹線運行を考えるプロジェクト」。代表格であるヤマトホールディングス会長の瀬戸薫は出席者に対して「既存の考え方にこだわらずアイデアを出せば生産性を高められる」とライバルどうしがスクラムを組む重要性を訴えた。地方に荷物を運んだ帰りのルートで空きスペースを都合しあう。複数の事業者がそれぞれの荷物を1台のトラックに乗せる、いわゆる共同運行など、検討するスクラムの内容は、これまで激しい競争を繰り広げてきた企業同士としては考えられなかったものばかりだ。

 長距離トラックを巡る負のスパイラルの影響は目下、鮮魚や青果といった日持ちしないものの輸送にとどまっているが、中長期的にみると、あらゆる物流分野に広がっていくのは確実な情勢だ。大手は提携や値上げを含めた荷主への協力要請で乗り切ろうとしているが、日本のトラック運送業者の9割は中小零細事業者だ。安全性の観点から、そして人手不足の観点から、日本の物流システムが限界に近づいている。

 運送業は、ドライバーの肉体的ながんばりに頼るというビジネスモデルからどう脱却するか。この根源的な難問を解かない限り、納期厳守、即日配送、配送無料を売りにする宅配や製造業を支えるジャストインタイムの仕組みに、ほころびが波及していく懸念がぬぐえない。

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