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白元が破綻 ハーバード大出身の4代目が落ちたワナ

白元が破綻 ハーバード大出身の4代目が落ちたワナ

5月29日、民事再生法の適用を申請し経営破綻した白元の本社(東京都台東区)=共同

5月29日、民事再生法の適用を申請し経営破綻した白元の本社(東京都台東区)=共同

 ミセスロイド、アイスノン等の家庭用品で知られる白元(東京・台東)は5月29日、東京地裁に民事再生法を申請した。負債総額は今年に入って2番目に大きい250億円。製造業ではかなりの大型倒産だ。テレビCMなどでなじみ深い同社の突然の倒産に驚いた方も多かったのではなかろうか。誰もが知っている有名企業だが、一部週刊誌などで報じられた4代目社長の派手なイメージとは裏腹に、実は会社の内情は火の車であったことが帝国データバンク情報部のその後の調べでわかった。

■初代と二代目は堅実経営だった

 白元は1923年(大正12年)に鎌田商会として創業した老舗企業。創業者の鎌田常助が、ナフタリン防虫剤の製造販売を始めたのが前身となった。その後、50年(昭和25年)に株式会社となり、初代社長には当時営業を担当していた鎌田泉が就任し、その長男の耕、次男の収、そして耕の息子の真が2006年(平成18年)に4代目社長として経営を引き継いでいた。

 このように白元の経営は、鎌田一族による同族経営が築かれていた。初代社長の泉は創業以来「本業一筋」を理念に掲げ、「身の丈に合った経営」を貫くことで業界トップに上りつめてきた。

 今も販売している防虫剤「パラゾール」は50年、冷蔵庫の普及で考えられた消臭剤の「ノンスメル」は63年、72年には靴下止めの「ソックタッチ」など、国民生活における身の回りの小さな快適さを求める商品を世の中に送り出した。周囲からは「ロングセラーの宝庫」と呼ばれる商品をそろえていたことが、老舗ならではの強みとなっていったのだ。「安定と着実の白元」は、こういった創業者の理念が引き継がれてきたからこその評価であった。

 ところが3代目の収が社長に就任したころから、「身の丈」から外れた経営が目に付くようになる。2000年ごろから始まった子会社の設立と、M&A(合併・買収)戦略により、銀行からの借金は膨らみ続ける。中国で現地法人を設立したほか、明治薬品工業、大三、キング化学などを立て続けに買収し、グループの拡大を進めていった。

しかし、結局は事業拡大路線が思ったほどの効果が出ないことから、僅か数年の間に吸収合併や、統廃合を強いられる。結果的に、収の社長就任以来、借入金は3倍以上の80億円弱にまで膨れ上がった。

 そして06年に4代目の真が社長に就任する。慶応大学経済学部を卒業し第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。白元入社後に米ハーバード大学ビジネススクールでMBA(経営学修士号)を取得するなど、輝かしい経歴を持つ新社長は売り上げ至上主義を掲げ、業界の慣習である「政策販売」のワナに掛かってしまう。これは、問屋に対して返品を前提とした過剰販売を行うことをいう。例えば、問屋Aに対して2億円の商品を販売。A社は20~50日後には仕入れ代金2億円を支払うが、一定期間後に1億円分の商品を白元に返品する。すると白元は差額の1億円プラス利息を「特売費」という名目で支払うシステムだ。

■監査法人の忠告を無視

 複雑に見えるが実態は「押し込み販売」。こうすると見かけの売り上げは大きくなるが、余計な「特売費」がコストとなって白元の収益を圧迫する。しかも、返品された商品がすぐに別の取引先に売れるとは限らず、時機を逸すると不良在庫になってしまう可能性が高い。破綻の直前には売上高約300億円のうち、3割を超える95億円がこの「政策販売」だったという。もちろん、このような無理な販売を繰り返せば、赤字の拡大につながるといった指摘は、白元の監査法人からあった。しかし、真は聞く耳を持たなかったことから、さらに傷を広める結果となった。

 実は秘密裏に進めていた再建計画案の策定途上でもこの「政策販売」がきっかけで、ある業者が過剰な取引を持ちかけられたといった噂が広まり、自らの首をさらに絞める皮肉な結果も起こしている。

■100年続く企業の3要素

 帝国データバンクが保有する企業データベースによれば、老舗といわれる「業歴100年企業」には3つの特徴があることが分かっている。一つ目が事業承継(社長交代)の重要性。2つ目が取引先との友好な関係。3つ目が「番頭の存在」だ。白元はこの3つが十分に備わっていなかった。

 社長1代の平均就任期間は約25年、100年では4回の事業承継が必要になる。初代社長の経営理念はほとんど場合、3代先へは直接は伝えられない。そこで「社訓」「社是」といったものが約8割の老舗に存在するが、残念ながら白元の「本業一筋」「身の丈経営」は承継されなかった。

 取引先との良好な関係とは、厳しさの中でも信頼しあえる関係を言うが、社内では真に対して「取引先のカモにされているあまちゃん経営者」との声があった。

 さらに、同族企業にはガバナンスが働きにくい側面があるため、上司・部下、主従といった関係とは一線を引いた、寄り添う関係の番頭が必要になる。その果たす大きな役割はただ一つ「耳の痛い話ができる」こと。白元の場合、そうした人材の登場が少し遅かった。

 今回、火中の栗を拾う形となった、社長代行の間瀬和秀(56)は白元に勤続37年のたたき上げ社員だ。若い頃は住み込みで働いていたという逸話もある。既にスポンサーとして名乗りを上げた企業は50社を超えた。創業時の趣が残る東京上野にある本社ビルから、再建の第一歩が始まろうとしている。

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