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2014年12月

効率優先が奪った人材力、製造業「技術伝承」で復活へ 人材力「再強化」(前編)

効率優先が奪った人材力、製造業「技術伝承」で復活へ 人材力「再強化」(前編)
 この数年間で、製造業を取り巻く事業環境は様変わりした。グローバルでの競争が激化したことで、他社を出し抜くイノベーティブ(革新的)な製品開発能力や、顧客の要求に確実に応えられる生産技術力が、かつてない程求められるようになってきた。にもかかわらず、設計や生産の現場は、人材力の低下に悩んでいる。「このままではまずい」と、大きな危機感に見舞われた国内製造業各社は、改めて人材力の強化に挑み始めた。目標とするのは、技術者こそが財産だったかつての「技術立国ニッポン」の興隆を取り戻すことだ。

 日本の製造業に強さを取り戻そうと、企業が技術伝承を中心とした人材力の再強化に力を注ぎ始めた。国内はもちろん海外も含めて人材を強化し、競争力を高めようとしている。目的は、今後長きにわたって世界で戦えるようにする体制の構築である。


図1 求められる人材力の強化。グローバル市場で海外メーカーが実力を付けるに伴い、多くの製品がコモディティー化していく。日本メーカーが生き残るためには、高付加価値の製品を短期間で、しかも矢継ぎ早に開発していかなくてはならない。そのためにこそ人材力が求められる
 人材力再強化に挑む企業の背景にあるのは、かつてないほどの危機感だ。具体的には、海外勢のキャッチアップによるコモディティー化の恐怖である(図1)。例えば、富士ゼロックス代表取締役社長の山本忠人氏が言うように、「既にコモディティー化したパソコンやテレビの例を見る限り、我々が手掛ける精密機器でも海外勢のキャッチアップが急速に進んでいる」(同社)。

 こうした状況では、誰にもマネできない高付加価値の製品を、従来より短期間で開発しなければ、生き残りが難しい状況になりかねない。イノベーティブな製品を生み出すためには、一にも二にも設計・開発者の発想力や革新技術を開発する能力を高めていくしかない。

 生産部門でも海外勢の追い上げは激しい。現場の高度な技能に裏打ちされた高品質を強みとしてきた日本メーカーだが、新興国メーカーが着実に力を付けてきている。競争優位を維持し、顧客の厳しい要求に柔軟に応えるには、ますます高度な技能や生産技術の力が欠かせない。

■人材力低下の2つの理由

 イノベーティブな製品開発力や顧客の要求に確実に応えられる生産技術力が求められるにもかかわらず、現場の人材力はむしろ低下してしまっている。

 設計・開発現場については、その理由が大きく2つ挙げられる。1つは、若手の学びの機会が減っていることである。かつては、時間をかけてさまざまな経験を積み、自ら考えることで、幅広い知識とノウハウを蓄積していた。ところが、事業規模の拡大とともに、業務の分業化が進んだ結果、技術者は限られた範囲の仕事だけをそつなくこなすことが求められるようになった。そのため知識やノウハウを身に付ける機会や時間が減っているのだ。

 3次元CAD(コンピューターによる設計)などのICT(情報通信技術)ツールの弊害を指摘する声も多い。「かつては一から作り上げていたため、図面上の数字の由来や根拠を考えなくてはならなかったが、今はひな型となる過去の設計図面があり、コンピューター上で変更すればそれらしい設計になる。設計根拠に立ち返って考える機会が減り、設計の思想や根拠を学びにくくなっている」(富士電機火力タービン部の岡美樹氏)。

 生産部門も人材力の養成という点では行き詰まりを見せている。大きな問題として浮上してきたのは、装置の自動化の進展などにより、OJT(On the Job Training)の機会を確保しにくくなっていることである。

 例えば化学プラントは、新規建設が少なくなった上に、自動化が進んで設備の立ち上げやトラブル対応を経験する機会が減っている。

 かつてベテランの作業員は、立ち上げなどの非定常作業やトラブル対応、改善といった多くのOJTの機会に恵まれた。その結果、「安定かつ安全な操業に対する高い意識や感性、設備への知識、操業技術を養うことができた」(花王)。

 ところが、現在の多くの設備は自動化が進み、定常運転は設備任せとなった。組み立てや加工の現場も然りだ。溶接や組み立てといった作業は、工業用ロボットをはじめとする自動化設備の導入で人が介在する余地が減っている。

 そうした自動化や機械化によって作業効率が高まり、現場の負荷は減った。反面、それが若手からスキルを磨く機会を奪うことにもなっている。その結果、若手の作業員は、技術・技能の習得に時間がかかり、安全・安定操業に対する意識も弱くなる。ここ数年間、日本のプラントで爆発事故が続発している背景に、若手操業者の技能不足を挙げる声は少なくない。

■今後5年で熟練技能者の40%が引退

 日本企業が頭を抱える人材力の低下に追い打ちをかけるのが、団塊の世代(主に1947~1949年の第1次ベビーブーム期に生まれた世代)を筆頭とするベテラン技術者が定年退職を迎えて職場を去り始めたことである。

 「今後5年で熟練した技能を持つ製造従事者の40%が引退する」(大手電機メーカー)との指摘もある。このままでは設計・開発現場や生産現場から高度な技能が失われ、高品質という日本の競争力の屋台骨が揺らいでしまうとの危機感は、開発・設計部門や生産部門を問わず、強まっている。

 実は、かつても同じような問題が取り沙汰された。団塊の世代が定年に達して一斉退職するという「2007年問題」だ。ただし、当時は年金支給年齢の引き上げを見据えた「高年齢者雇用安定法」の改正による雇用延長・再雇用制度によって65歳まで働く人が増え、当初予想されたほど問題とはならなかった。

 だが、それから5年以上が過ぎ、いよいよ団塊の世代以下の大量のベテラン技能者が職場から姿を消しつつある。例えば、三菱重工業と日立製作所が火力発電事業を統合して2014年2月1日に発足した三菱日立パワーシステムズのボイラー技術本部熱エネルギー機器製造部では、10年前は経験豊富な50歳代のベテランが全体の6割ほどを占めており、人材に事欠かなかった。ところが、今は過半数を30才以下の若手が占めるようになった。

 バブル景気やその崩壊など景気に左右されて採用数が乱高下したことから、スキルやノウハウをベテランから受け継いで若手に引き継ぐべき中堅技能者の不足に悩む現場も多い。日立造船の生産現場は、現在、50歳代以上のベテラン層と20歳代の若手が多く、その間の30~40歳代の技能者が不足しているという。

■過去の代表製品の開発を紐解く

 状況の打破に向けて人材力の再強化に挑む国内製造業。そのための手段は単純だ。ベテラン技術者が持っていたノウハウや知恵、技術を若手にスピーディーに伝承することである。

 「人材力が低下したのは、社員が悪いのではない。むしろ我々会社側の責任である」(国内OA機器メーカー幹部)との考えに基づき、メーカー側がさまざまな策を講じている。そのための実現手段は、設計・開発部門と生産部門で分かれる。

 設計・開発部門の場合、ベテランの知恵を書籍や設計手順書、ICTを活用したツールなどに落とし込む手法が挙げられる。

 例えば、富士ゼロックスの山本社長の肝いりで編纂(へんさん)が始まった「モノ作りテクノグラフィー」(図2)。これは、過去の代表的な製品における開発経緯を紐解いた同社社内向けの冊子で、開発における課題とそれをどう解決したかを、光学技術やトナーの定着技術、紙送りといった複写機・プリンターの要素技術ごとにまとめたものだ。


図2 富士ゼロックスの「モノ作りテクノグラフィー」。要素技術ごとに過去の代表的な製品の開発経緯を振り返ったもの。複写機の基本となる技術とそのポイントが分かる
 日本の複写機開発の黎明期における材料開発や部品の調達、機能開発の苦労を振り返ることで、複写機の技術の源流となるメカニズムと、その要となる技術、先人の知恵を学び、次の技術革新につなげてほしいとの狙いがある。

■ベテランのノウハウをツールに組み込む

 書籍のような形でなく、ICT技術を利用して、効率的に技術や技能を伝承することを目指す企業も相次いでいる(図3)。実際、自動車部品を手掛けるカルソニックカンセイは、製品設計および生産技術開発におけるベテランのノウハウを棚卸しし、社内のイントラネット上で使うワークフロー機能を備えた設計支援ツールに組み込んでいる。


図3 人材育成のアプローチ。ICTを活用して効率的に技術伝承を図るとともに、従来のような場当たり的ではなく計画的なOJTが必要だろう。さらに、それらを補完するためOFF-JTの充実も求められる
 しかも、同社は国内だけにとどまらずグローバルでの開発体制の強化を見据えて、外国人エンジニア向けに全く同じ機能のものを英語版でも提供。これにより開発業務の効率化と国内外の若手技術者の即戦力化を目指している。

 発電プラント向けの蒸気タービンと発電機を設計する富士電機の火力タービン部も、設計ノウハウを盛り込んだ設計手順書や設計計算のためのツールを整備して、技術伝承を図りながら業務効率を高めようとしている。

■計画的OJTやOFF-JTを推進

 一方、生産部門では、OJTの機会を確保しにくくなっている事態を打開するため、大きく2つの方策が今後取られることになるだろう。1つは、現場任せの場当たり的なOJTではない、必要な人材を必要とされる時期までに育てる計画的なOJTの実施である。

 例えば、三菱日立パワーシステムズの熱エネルギー機器製造部は、事業計画に基づいて、「どのような技能を持った人材がいつまでに何人必要」といった長期計画を策定し、それを個人の育成計画にブレークダウンして若手技能者を育てている。

 もう1つの方法が、体験研修や座学などのOFF-JT(Off the Job Training)の強化である。例えば、花王は若手作業者のプラント運転に関する基礎知識やトラブル対応力を養うため、ミニプラントやシミュレーターを使って運転やトラブルを疑似体験する研修の充実を図っている(図4)。体験した内容を研修者同士で議論することでトラブルや異常に対する「気付き」の感度を高めることを狙う。


[左]図4 花王のOFF-JTの様子。ベテランオペレーターが、若手の指導に当たっている
[右]図5 日立造船の「スキルインストラクター制度」。専任のベテラン技能者が若手の指導に当たる
 一方、再雇用したベテラン技能者がOFF-JTで若手技能者にマンツーマンの指導を行う仕組みを導入しているのが、日立造船である(図5)。

 このほかにも、生産現場の技能伝承に向けて電子化された作業手順書を整備し、それまでOJTで教えていた加工の仕上げ工程のノウハウやコツを、写真や動画を使って手順書に落とし込み、若手技能者への伝承を図る動きもある。

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