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消える明かり 「すき家」、バイト反乱で営業不能

消える明かり 「すき家」、バイト反乱で営業不能

 景気低迷に覆い隠されていた日本経済の弱点が、白日の下にさらされた。労働力の供給が細る中、景気が回復して構造的な人手不足が露呈している。その影響をもろに受けたのが、牛丼チェーンの「すき家」。店舗が相次いで営業時間の短縮や休業に追い込まれた。人手が足りない上に業務量の増加が追い打ちをかけ、アルバイトが逃げ出した。多くの小売りや外食企業に、採用難の問題は野火のように広がる。

 それは異様な光景だった。

 4月中旬の午後7時、東京都世田谷区にある牛丼チェーン大手の「すき家」桜新町駅前店。周囲の飲食店やコンビニエンスストアの照明が煌々(こうこう)と夜空を照らす中、この店だけは電気が消え、暗闇の中に沈んでいた。もちろん本来は年中無休・24時間営業の店舗だ。

 「本日の営業は終了しました。申し訳ございません」。入り口の自動ドアに目を凝らすと、殴り書きのような貼り紙の文字が浮かび上がった。

すき家だけが閉店。東京都世田谷区にある「すき家」桜新町駅前店。年中無休・24時間営業であるはずが、書き入れ時の夕食時には閉店していた(写真 大槻純一)

すき家だけが閉店。東京都世田谷区にある「すき家」桜新町駅前店。年中無休・24時間営業であるはずが、書き入れ時の夕食時には閉店していた(写真 大槻純一)

 飲食店が1日で最も繁盛する夕食時で、人通りが多い好立地。牛丼を好みそうなサラリーマンや学生らしき人が次々に通り過ぎる。にもかかわらず、この店舗は営業していない。実は2014年3月以降、全国各地のすき家で、同じような異変が相次いで起きている。

 原因は人手不足だ。すき家の店舗には正社員はほとんどおらず、アルバイトが運営を担う。店員を確保できず、約2000の店舗のうち、一時は123店が、閉店や営業時間の短縮に追い込まれた。

 「近所のすき家、人手不足で閉店しているよ」。3月頃からツイッター上では店舗の貼り紙の画像とともに消費者のつぶやきが飛び交い始めた。「ほかの店舗が24時間営業を諦めたなら、うちだって止めたい」。ツイッターで情報が拡散するのに従い、営業時間を短縮する店舗がドミノ倒しのように増えた。

 なぜ店員が足りなくなったのか。景気回復でアルバイトの採用が難しくなる中、2014年2月に発売した「牛すき鍋定食」が引き金を引いた。店舗ごとに牛肉を煮て、野菜や豆腐などの具材を切り、1人前ずつ小分けし冷蔵庫で保管するなど仕込みに手間がかかる。

 トータルの仕込み時間は、牛丼の15分に対し、牛すき鍋は1時間かかるという。「本部からは20分でできると言われたが絶対無理」。東日本のすき家の店舗で働くアルバイト店員の石川康子さん(仮名)はこう断言する。

 すき家の売り物は、「吉野家」などの競合と比べて豊富な約30種類ものメニュー。メニューが多いと当然、店員への負荷も高まる。そこに、手間がかかる牛すき鍋が加わった。アルバイトを増やそうと募集しても集まらない。

 「もう限界」。鍋メニューの投入で不満が爆発し、すき家を去るアルバイトが相次いだ。「忙しさに耐え切れなくなって辞めていく。私が働き続けるのは、店の仲間に迷惑をかけたくないだけ」。前出の石川さんはこう話す。

 集客につながる上、単価が牛丼(並盛で税抜き250円)の2倍以上になるからと、新商品を導入した経営陣。現場の負荷がどれだけ高まるかを十分考えなかったことが、バイトの離反を招いた。

 「鍋の乱」。すき家の営業時間の短縮・休業はインターネット上などでこう呼ばれている。

■“ワンオペ”では、トイレ休憩もままならない

 実は鍋の乱以前にも、すき家の店員が不満を募らせるメニュー改定があった。2014年1月にメニューを拡充した朝定食だ。ご飯やみそ汁のほか3つの小鉢が付く。牛丼と比べて、洗い物が多く業務量が増えた。「何とかやりくりしていたのに、さらに面倒な鍋メニューが増えた」。首都圏のすき家店舗で働く近藤和也さん(仮名)はこう嘆く。

 鍋メニューは、吉野家が2013年12月、すき家に先駆けて投入した。鍋は、50代など新しい顧客層の開拓に寄与。客単価も上昇し、吉野家ホールディングスは2014年2月期、前期比16%の営業増益を確保した。各店に、社員1人を含む最低2人の店員を配置する吉野家では、バイトの離反は見られない。

 2014年2月に牛すき鍋定食を投入したすき家も、鍋がけん引役となって既存店売上高が30カ月ぶりに前年同月を上回った。しかし、現場の悲鳴を受けて、すき家は準備していた新しい鍋料理の投入を断念。3月いっぱいで鍋メニューの休止に追い込まれた。

 そもそも、相次ぐメニュー改定の前からすき家のバイトは激務で知られていた。とりわけ過酷なのが、1人で勤務する「ワンオペレーション(ワンオペ)」だ。会計から掃除、接客、洗い物、仕込みまでを1人でこなさないといけない。ゼンショーは、売り上げが一定の水準に達しない店舗にワンオペを導入し、コストを徹底的に抑えて利益を確保してきた。

 「厨房や店頭を離れられず、トイレ休憩さえままならない。バイト中、喉は渇くが水分を控えている」(近藤さん)

 ワンオペは店舗運営のコストを抑えられる一方で、防犯が手薄になる。これに目を付けた強盗が相次いだため、2011年には社会問題となった。

 警察庁の指導を受けたすき家は、防犯設備の増強とともに、採用を強化。人員を増やすことで一時ワンオペの店舗数を2割弱までに減らした。しかし、バイトが相次いで逃げ出した今では、事件発生時と同じ5割程度の店舗がワンオペで運営している。

 店員が逃げ出す中、石川さんの忙しさは極限に達している。4月だけで25日間働き、勤務時間は300時間を超えた。勤務表には「0~14」という文字が並ぶ。午前0時から午後2時まで、14時間ぶっ通しで働くことを意味する。

 昼夜が逆転しているため帰宅後もなかなか寝付けず、睡眠薬を服用し無理やり、数時間眠る。家事やペットの世話をこなすと出勤時間になり、また夜通し店に立つ。過酷な勤務で体調が悪化し、3つの病院に通う。勤務時間を減らしたいが、代わりの人はいない。ほかの職を探す時間も気力もない。

 この忙しさに、「パワーアップ工事」が追い打ちをかけた。同工事は、厨房などを改装し顧客満足度を高めるためとして、全国で実施されている。中には、6月まで閉める店舗もある。「人が足りないので苦し紛れに『工事中』としている店も多い」。3月までアルバイトとして働いていた白河達彦さん(仮名)はこう証言する。

 白河さんが勤めていた店の近隣にはすき家が6店舗あったが、3店舗はパワーアップ工事中。このため営業中の店舗にお客が集中し、より忙しくなった。「パワーアップしてほしいのは店ではなく人手。でも本部は分かってくれない。だから辞めた」(白河さん)。

 すき家のアルバイト店員が集まらないのは時給が安いからではない。むしろ近隣のコンビニエンスストアや飲食店よりも高い場合が多い。

 冒頭に紹介した桜新町駅から2駅先にある三軒茶屋駅。商店街に並ぶ店は、どこも軒先でアルバイト募集の貼り紙を掲げている。時給は多くの店舗で1000円を超えるが、その中でもすき家は1250円(深夜)と高い部類に入る。都内では時給が1600円(深夜)を超える店舗すらある。だが「時給が高い働き口は、ほかにたくさんある中で、強盗に遭う可能性も否定できないすき家で働く理由はないでしょうね」と前出の石川さんは諦め顔でこう話す。

■本社は店員不足の深刻さに気付かず

 「まさかこんなことになっているとは…」。3月上旬、すき家の本社では、各地から上がってくる店員不足に関する報告を聞いた経営陣が頭を抱えた。これほど深刻化するまで、本社は正確に状況を把握できなかったのだ。

 この反省を踏まえ、すき家は2014年6月に全国7つのエリアに分社化する。現場の情報を迅速に把握する体制を整えると同時に、従来は本社決済を経ないと決められなかった時給や手当の支給、勤務形態の変更などの権限を、各エリアのトップに移管する。

 さらに5月、久保利英明弁護士を委員長とする第三者委員会を設置した。第三者委員会の報告を待って、労働環境の改善にも乗り出す。

 現状や今後の対応について、経営トップはどう考えているのか。すき家を運営するゼンショーホールディングスの小川賢太郎社長に再三取材を申し込んだが、「第三者委員会に任せているので、現時点で私が答えることはない」と、応じることはなかった。

 「すき家は特殊な事例」。そう受け止める人も少なくないだろう。だが、多くの小売り・外食企業も深刻な人手不足に直面している。パート・アルバイトに無理を強いる経営は、もはや継続することが困難になりつつある。鬱積する非正規の不満が、多くの企業に戦略転換を迫っている。

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日本の管理職、年収「割安」 中国・タイを下回る

日本の管理職、年収「割安」 中国・タイを下回る

 日本企業の管理職の年収が海外に比べて「割安」になってきた。新興国の賃金が上昇、為替の円安傾向もあって相対的な水準が下がっている。民間調査では部長級の年収は中国より低いとの結果も出た。事業のグローバル化で日本企業の外国人採用は増えるとみられるものの、管理職の賃金水準の低さは優秀な人材確保への障害になりかねない。

本部長級は大差

 72万6千元(約1200万円)。石油大手、中国石油天然気集団の管理職の平均年収だ。低人件費を原動力に「世界の工場」となった中国だが、管理職の年収は意外に高い。北京師範大学の調べでは、中国上場企業の部長以上の高級管理職の平均年収は2012年に63万6100元(約1050万円)。一般的な都市住民の平均可処分所得の25倍に達する。しかも08年から2割も伸びた。

 世界に9000社の顧客を持つ人事コンサル大手の米ヘイコンサルティンググループは各国の役職階級別の年収(基本給、年間一時金、手当)を調査し、日本の課長級を1として指数化した。これによると日本の部長級は1.36なのに対し中国は1.64。本部長・事業部長級では1.68対2.57とさらに差が開くことが分かった。

 中国だけではない。タイも課長級では0.49と日本の半分だが、部長級では1.35とほぼ同等の水準になり、2.24にまで伸びる本部長級で日本を大きく逆転する。日本は米国やドイツと比べても、部長級から差をつけられている。指数は年収水準の額面を比較しており、物価の違いなどは考慮していない。

円安基調も響く

 為替の円安基調も日本の管理職年収を目減りさせている。ヘイグループの調査は13年時点の年収を1ドル=102円で計算した。1ドル=83円で算出した12年の調査では、本部長級でも中国企業より日本企業の年収が上回っていた。

 調査は肩書の名称ではなく、仕事の権限などから日本の「課長」「部長」などに相当する役割の社員を抽出し比較した。国によって各役職階級の人員構成などには違いがある。

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築90年の古民家を再生 現代のライフスタイルに合う住まいに

玄関の土間からリビングと多目的ルームを見たところ。地元のマツやケヤキが使われているという太い梁や柱が存在感たっぷり。「今となっては、こんな立派な木材で家を建てることなんて不可能に近いのではないでしょうか」とご主人。梁を利用して奥さまのお父さま手作りのブランコを吊り下げている(写真をクリックすると拡大します)

和室
障子で仕切られた和室が連続する間取り。梁の上には下がり壁があり、梁の全容は見えなかった(写真をクリックすると拡大します)
LDK

土間の上に設えたロフトからLDKを見下ろすと、梁の太さがよくわかる。床は無垢のウォールナットを自然塗料で仕上げている。カラフルなソファがアクセントに。(写真をクリックすると拡大します)

子供の誕生をきっかけに奥さまの実家へ転居

 今回は築90年の古民家のリノベーションをご紹介。古民家を子育て世代の若い家族が暮らすのにふさわしい、開放感や機能性を備えた家に再生しました。

 施主の川添さんは、都心で仕事をする共働き夫婦。横浜・関内駅近くのマンションにお住まいでしたが、子供を授かったことで、「実家に子育てを助けてもらいたい」と、千葉の奥さまの実家へ引越しすることを決意しました。ご実家は、競走馬の調教と乗馬倶楽部を運営。広い敷地内には馬場や厩舎、蔵、両親の家、祖父が暮らす築90年の古民家がありました。「自然が豊かで、身近に馬がいます。僕は初めてここに来た時、自然がいっぱいで、本当に素晴らしい環境だ!って感動しました。共働きを続けるため、子育てを妻の両親に助けてもらうのが目的の転居でしたが、こんな環境で子供を育てられたらいいなって思ったのも大きな理由でした」とご主人は言います。

 敷地内に新たに家を建てることも可能だったので、新築するか、祖父の住む古民家をリノベーションして暮らすか、ご夫婦で悩みました。「私は新築派でした」と奥さま。「今までの都会のマンション暮らしが便利で気に入っていたので、細かく仕切られた和室が並び、暗くて、冬寒い古民家より、モダンで機能的な家を新築したいと望みました。しかし、主人は古民家をリノベーションして暮らしたいと、強く希望したんです」(奥さま)。「梁とか玄関の造りを見て、古いけどとてもいい材木が使われていて、すごいなぁーって。せっかくこの地に住むのなら、この古民家を生かして住んでみたいって思いました」(ご主人)。

「古民家には当時は88歳になる妻の祖父がひとりで住んでいて、使っていたのは玄関近くのひと部屋のみ。祖父は孫が帰ってきて、ひ孫も一緒に住めるなら、ということでリノベーションして同居することを快諾してくれました。妻に対しては私たちのライフスタイルに合うよう住みやすく変えるようにできるだけのことをしよう、ということで理解を得て、古民家再生のリノベーションを行うことにしたのです」(ご主人)

 設計・施工は途中のやりとりの便利さを考慮し、地元の工務店か設計士に依頼したいと考え、数社にプランニングをお願いするも、ピンとくるものがあがってこなかったとか。エリアを隣の茨城県まで広げて探したところ、自然素材、特に木を効果的に使った作品を多く手掛ける井川建築設計事務所にいきつきました。「最初のプラン提案のとき、模型をつくってきてくれました。そこには私たちが考えていたこととはまったく異なる発想で、南北にぬける土間や開放的な間取りが展開されていました」(ご主人)。この模型をみた瞬間に、この人にお願いしよう、と決めた、と言います。

外観
どっしりとした瓦屋根と「出し桁造り」の深い軒、連続する窓に特徴のある外観(写真をクリックすると拡大します)
工事の様子

屋根と躯体だけの状態にしてジャッキアップ。土がむきだしだった建物の基礎を、コンクリートで打ち直した(写真をクリックすると拡大します)

瓦屋根と「出し桁造り」の深い軒は既存のまま利用。屋根の上には薪ストーブ用の煙突が出現し、雨どいを撤去。窓の面積を減らした分、耐力壁を増やした。玄関ドアは断熱性と防犯性を高めるため新しくしたが、外壁に設置している戸袋は既存のもの。新旧の素材を違和感なく組み合わせている(写真をクリックすると拡大します)

和室
土間から続き間の和室をみたところ。障子の外側にはぐるりと縁側がある。(写真をクリックすると拡大します)
リビングルーム

和室も縁側だったスペースも一体の空間にした。手前のリビングルームは天井を高くとり、梁や柱を現しにしているが、奥の多目的ルームは柱や梁を隠したシンプルな仕上げにし、メリハリをつけた(写真をクリックすると拡大します)

玄関の土間と居室を仕切る板戸は、この家にあったものを再利用している(写真をクリックすると拡大します)

大空間をパワフルに温める大型の薪ストーブはベルギー製。炎がよく見えるフロントウィンドウが特徴(写真をクリックすると拡大します)

もともと縁側だったスペースで、天井にはその名残がある。障子は撤去し、窓辺にはロールスクリーンを取り付けた(写真をクリックすると拡大します)

南北の庭を眺めるLDKと
「通り土間」を実現

 90年の間に何度か増改築が繰り返された古民家は、現状ではキッチンがなく、玄関の土間以外は、すべて和室。部屋は建具で田の字型に細かく仕切られ、光や風の通らない閉鎖的な空間でした。また太い梁や柱の存在は、小屋裏に上がると見ることができるものの、普段は天井に隠れた状態でした。

 そこで川添さんがリノベーションにあたって希望したことは以下の3点。
1 柱、梁、玄関の土間に見る古民家のよさを生かしたい。
2 部屋を細かく仕切らず、開放的なLDKが欲しい。
3 冬暖かく、マンションのような機能的で住みやすい家にして欲しい。

 これらをベースに、建築家の井川幸一さんが古民家の魅力をさらに引き出す工夫を盛り込みプランニングが進みました。「現地調査のとき、家の裏手になる北側にも庭があることがわかりました。当時はうっそうとしていて、ほとんど使われていなかったのですが、この北側の庭を再利用するプランを提案しました」と井川さん。家の表側、つまり南庭と裏手の北庭がつながるような一体の空間にすれば、田の字型で閉鎖的だった昔の古民家に風が抜け、光の射し込む開放的な空間ができる。この一番気持ちのよい場所を、家族がくつろぐところとし、古民家の特徴である力強い梁や柱が現れるようにするという計画です。川添さんが好きだといった土間も南北につながる「通り土間」に変え、生活動線として活用します。

 こうして完成したリノベ後の間取りは、「通り土間」の向かって左側に、開放的なLDK、子供の遊び場とご主人の書斎が一体になった多目的ルーム、主寝室、洗面・浴室を配置。祖父の居室は、川添さん家族の居住スペースと土間を挟み、隣の両親の家とダイレクトにつながる場所に設けました。また土間の一角にはシューズクロークも設置。

 柱と梁を現しにした土間とLDKはどっしりと重厚な雰囲気を持ちながらも開放的。天井は一番高いところで5.2メートルもあります。床はウォールナットを自然塗料で仕上げ、壁はクレイトペイントを使用。昔ながらのタンスや建具、欄間は移設し、再利用。はがした床板は縁側に活用するなど、古きよきものを再利用しました。一方キッチンはシンプルで機能的なオーダーキッチン。料理をつくりながら子供たちの様子や庭が眺められるスタイルで、大勢でキッチンに立つこともできるレイアウトです。

多目的ルーム

子供たちが走り回って遊ぶ多目的ルームには、南側の窓から光がさんさんと射し込む。リビングとは建具で、部分的に仕切っている(写真をクリックすると拡大します)

ダイニングキッチン

北側にしつらえたダイニングからキッチン越しに南側のリビングを眺めたところ。南北をつなげるこの空間は、梁や柱が最もあらわに見え、古民家らしさが感じられる場所。キッチンとリビングの間には、よしず入りの建具を入れ、光や風、視線もほどよく通しながら、落ちついた雰囲気を演出(写真をクリックすると拡大します)

木とステンレスを組み合わせたオーダーキッチン。ここに立つとほぼ家中が見わたせる。キッチンの表面材は床材と同じウォールナットを使用(写真をクリックすると拡大します)

キッチンの背面に造り付けた棚は、電子レンジやゴミ箱などの置き場とパントリーを兼用。ロールスクリーンを下げれば、生活感漂うこのコーナーを完全に隠すことができる(写真をクリックすると拡大します)

基礎を打ち直し、
耐震性と断熱性をアップ

 今回のリノベーションにあたって、屋根は耐久性に問題がなかったので、外観は大きく変えない方向ですすめました。「しかし基礎については、土の上に束石(つかいし)を置き、直接柱をのせただけというもので、柱の下の方は白アリに食われているという状態でした」(井川さん)

 そこで家を躯体と屋根だけのスケルトン状態にし、ジャッキで家全体を持ち上げ、床下にコンクリートを流して、頑丈なベタ基礎にするという大工事をおこないました。また既存の間取りでは縁側に沿って窓がL字に連なっていたので、窓の一部を壁に変更。構造壁を増やすことで、建物の強度をアップしました。そして「冬暖かい家」を実現するため、床下、壁、天井に断熱材を補充。開口部はペアガラスのサッシに変更し断熱性能を高めました。「この古民家のように広く、天井も高い空間では、エアコンより床暖房や薪ストーブなど輻射熱での暖房がおすすめです」と井川さん。川添邸では薪ストーブ用の薪は、比較的容易に入手できる環境です。ランニングコストを考えて薪ストーブを採用しました。

 工事が始まる頃には、すでに隣の実家にお住まいだった川添さんは、リノベーションの進行をじっくり見ることができました。「壁や天井をはがしていくなかで、天井の高さにびっくりしたり、立派な柱や梁がどんどん現れるのは感動的でした」(ご主人)。全体があらわになると図面ではわからないスケール感も把握でき、キッチンの配置をどうするか、薪ストーブをどこに置くか、書斎をどのように設けるかなど新たに迷いも生じました。「建築家の井川さんにはそのつど、細かく対応していただき助かりました。おかげで完成したときはイメージ通りに出来上がっていました」(ご主人)

 暮らし始めてわかったことは、近所の方から泥つきの野菜をいただいたり、汚れた乗馬用の長靴を脱いだりするのに、広々とした土間はとても重宝だということ。「ご近所の方が来たときも、ここで応対することができます。都会のマンション暮らしと違って、ご近所付き合いが深いこの地域では、靴を脱がずにちょっと話ができる土間空間は本当に便利です」(ご主人)。暖房のために設置した薪ストーブが、とても暖かく、炎がもたらすくつろぎがとても心地いいことも実感。

 築90年の古民家が次世代に引き継がれ、新たな命が吹き込まれて3年。現在3歳(男児)と4歳(女児)になる子供たちは、当初の願い通り、自然豊かな環境のなかで、ご両親やご近所に住む親戚のみんなに見守られながら成長しています。「住まいの快適さもさることながら、子供がいろいろな人からの愛情を感じながらおおらかに育っていることが、ここで暮らすようになって何よりよかったことですね」(ご主人)

土間
ほぼ正方形だった土間空間は、玄関であるとともに、近所の方たちとの団らんのスペースでもあった(写真をクリックすると拡大します)

リノベ後は南側にある玄関から北側の庭へ通り抜けられる「通り土間」になった。左側は川添さんファミリーの居住スペース、右側には祖父の居室があり、隣のご両親の家とつながっている。土間の一角にはシューズクロークとロフトに上がるためのはしごを設置(写真をクリックすると拡大します)

今まで天井の中に隠れていた梁を今回のリノベーションで現しにした。90年前に建てられたこの家は、地元の木材を使用し、釘や金物を使わない伝統工法で建てられている(写真をクリックすると拡大します)

家の下の基礎にはコンクリートを流し「ベタ基礎」とし、耐震性をアップした。今まで使われていた束石は、リビング前に設けた濡れ縁の基礎として再利用した。(写真をクリックすると拡大します)

建築家の目
井川一幸さん(一級建築士)

 古民家の再生では、昔ながらの古民家の要素と現代のライフスタイルとのバランスが大切です。柱や梁を現し(あらわし=柱や梁などが見える状態で仕上げる手法)にして、古民家らしさをめいっぱい主張するばかりがいいとは思えませんし、不便さや寒さを伴う住まいでは、長く暮らすことができません。

 川添邸では、LDKの中心は天井を高くとり、柱や梁を現しにして古民家らしさを強調した「真壁造り」に。一方、LDKの一角やリビングに隣接する多目的ルーム、主寝室などは、柱や梁を見せない「大壁造り」で、天井も低く現代的な空間に仕上げました。両方の空間が共存することで空間にメリハリがつき、古民家のよさがかえって引きたち、飽きのこない住まいになります。

 改修コストの面では、雨漏りがあるかどうかによって大きく差が出ます。雨漏りは原因箇所を見つけるのが困難なので、屋根全般をやり直すことになる可能性もあります。川添邸の場合は幸い屋根に問題はありませんでしたが、耐震性と居住性をアップするために基礎の大改修を行いました。安心して住むためには、新築に匹敵する大掛かりな工事が必要なケースもありますし、ある程度解体してみないとわからないことも多々あり、その場その場で柔軟性をもって対応する必要がありますね。

 千葉や茨城には、まだ古民家が残っています。こうした家を古いからといって壊してしまうのは本当にもったいないことです。リノベーションをして若い人にこそ住み継いでもらいたいものです。

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一生賃貸で暮らすにはどのくらい蓄えが必要か

一生賃貸で暮らすにはどのくらい蓄えが必要か
「まさか」に備えるための全課題

2014年01月23日(Thu)

ポイントは定年後の家賃負担

住宅ローンを組んで家を買うのと賃貸物件に住み続けるのとでは、最終的にどちらが得なのでしょうか? なかなか一概には判定できないテーマですが、トータルの損得勘定はともかく、賃貸暮らしの場合は定年を迎えて収入が大幅にダウンしてからも家賃を負担し続けなければならないことが最も気掛かりなポイントでしょう。そこで、住宅を購入しなかった場合、60~90歳までの間に賃貸物件でどの程度のお金がかかってくるのかをシミュレーションしてみました。

まず、月々10万円の物件に住むと仮定したら、単純計算で家賃負担の総額は3600万円。そして、2年に1度更新料がかかるのが一般的なので、合計15回で150万円がプラスされます。

図を拡大
30年間でいくら住居費がかかるか?

しかも、同じ物件に30年間も住み続けるのは非現実的ですから、10年に1度の頻度で引っ越しをしたと仮定しましょう。3回の引っ越しで敷金・礼金が合計で3カ月分、仲介手数料が1カ月分ずつかかるとすれば、総額で約3870万円の負担となります(図参照)。なお、このシミュレーションは以前の住まいを引き払った際に戻ってきた敷金の残り(部屋のクリーニング代などを差引後)を引っ越し代に充てたと仮定して計算しました。

もちろん、最近は敷金・礼金ともにゼロの物件も出回っています。しかしながら、それでもシニアの場合は収入が限られている点などを踏まえて支払いを要求されるケースが多いのが実情です。それに、入居条件が緩い物件は部屋のクオリティにも難がありがちです。

問題は、年金収入だけで、これだけの負担に耐えることができるかどうかです。家を買ってローンを組んだ場合なら、ローンの組み方を工夫することにより、子どもの教育費負担がピークに達する頃に返済額を抑えたり、年金生活になる前に返済を終える、といった工夫をすることが可能です。ところが、賃貸物件の場合は家賃が老後までコンスタントにかかってくるので、そういったコントロールが難しいものです。ここまでの負担は厳しいということなら、物件のクオリティを下げるしかありません。

ただ、子どもが成人して巣立った後は部屋数が少なくて済むようになるという側面もあるので、夫婦2人だけで住むのに十分なコンパクトな間取りの物件を選び、今までよりも家賃を安く抑えることは可能でしょう。とことんまで負担を軽くしたいなら公団のような公営住宅に注目する手もありますが、所得水準などに関する要件が定められていてかなり福祉的な位置づけの住まいですから、誰でも入居できるというものではありません。

一方でUR賃貸とかをイメージしている人も多いようですが、こちらはそれなりに収入のある人を前提とした物件で、年金生活者の場合は家賃の100倍以上に相当する貯蓄があるかどうかを毎年調べられたりします。

いずれにせよ、維持費しかかからなくなった持ち家派と比べれば、賃貸派の月々の出費はどうしても多くなってしまいます。もちろん、ニーズに応じて自由に引っ越せるというメリットもありますが……。

加えて、お金以外の問題としては、保証人を確保できるかどうかという問題が大きなネックになります。親族や友人など、身近な誰かに引き受けてもらえるかどうか。物件の供給自体は豊富であっても、どうしても大家さんは孤独死のリスクなどを意識し、あまりシニアには貸したがらないものです。シニアでもOKな物件を見つけて保証人も確保することは非常に切実な問題なので、あまり軽く考えておかないほうがいいでしょう。

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