危機管理

美容室でカット、安倍首相も違法?

美容室でカット、安倍首相も違法?

 安倍晋三首相はほぼ毎月、東京・渋谷の美容室に通っている。妻の昭恵さんから勧められたのがきっかけだ。カットの後のヘッドスパがお気に入り。ただ、美容師が首相の髪を切るのは「厳密に言うと法律違反の疑いがある」(厚生労働省幹部)。

■ほしい人雇えず

美容師と理容師が一緒に働く店をつくるには仕切りが必要(東京都渋谷区のQBハウス青山オーバル店)

美容師と理容師が一緒に働く店をつくるには仕切りが必要(東京都渋谷区のQBハウス青山オーバル店)

 1978年、厚生省(当時)は局長通知で美容師が髪を切るのは女性客との法解釈を示した。男性客のカットができるのはパーマなど「美容行為の一環」の場合だけだ。

 男性カットは多くの地域で黙認されるようになったが、今も高知市の美容室には時々、保健所が「メニューを見せてください」と抜き打ち検査に来る。男性カットがあれば是正を求める。規制対策で前髪だけパーマをかける店もある。

 同市の保健所には以前、理容組合の幹部が「美容師の男性カットを放置するな」と抗議に来た。「おかしなルールでも法律は法律。違反があると言われれば指導せざるをえない」(保健所幹部)。境界線は他にもある。

 「今回は理容師を雇えなくなりました」。格安カット大手「QBハウス」を展開するキュービーネットの採用担当者は、新店を出すたび、応募者におわびする。美容師の応募者が多ければ美容室として届け出るため、理容師は雇えないことが多い。美容師と理容師が同じ店で働くことは業法で禁止されているためだ。

 「人手が足りないのに雇えない。応募者も働けない」(北野泰男社長)

 理容室と美容室を分ける法律は終戦後の47年にできた。引き揚げ者らがハサミ一つで開業する「青空床屋」が続出し、店同士の争いが絶えなかった時代だ。その後、議員立法で細かい規制が入り、縄張りが固まった。

 なぜ形骸化した規制を残すのか。所管する厚労省の答えは「議員立法は手をつけにくい」(幹部)。いったん導入した規制は、存在意義を失っても続いてしまう。

■試験は現実離れ

 「燃やしてみましょう」。昨秋、福島県でクリーニング師の国家資格試験を受けた原田順一さん(48)は試験官からライターと灰皿を手渡され、戸惑った。燃え方の速さで繊維の種類の見分けがつくという。「お客さんの服を燃やせるわけないのに」(原田さん)

 実技試験では半世紀前の電気アイロンが登場した。温度調整機能はなく、霧吹きをあてたときの「ジュッ」という音を頼りに温度を確かめる。勤め先のクリーニング会社で練習した原田さんは合格がかなわなかった。

 なぜ実際に使う技能を問わないのか。試験問題をつくる福島県庁の担当者は「ベテランのクリーニング師が問題を変えることに反対する」という。

 人手不足なのに新規参入を制限する理美容やクリーニング業の姿はサービス業全体の映し絵にも見える。日本のサービス業の労働生産性は米欧より低い。古い縄張りをなくし意欲ある人が参入すれば、需要を生む技術革新も加速するだろう。

 3年目に入ったアベノミクス。岩盤規制を崩すには、法律の看板を直すだけでは足りない。細部に潜み旧態を維持するワナをあぶり出せるか。その成否は日本経済の構造改革の試金石となる。

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効率優先が奪った人材力、製造業「技術伝承」で復活へ 人材力「再強化」(前編)

効率優先が奪った人材力、製造業「技術伝承」で復活へ 人材力「再強化」(前編)
 この数年間で、製造業を取り巻く事業環境は様変わりした。グローバルでの競争が激化したことで、他社を出し抜くイノベーティブ(革新的)な製品開発能力や、顧客の要求に確実に応えられる生産技術力が、かつてない程求められるようになってきた。にもかかわらず、設計や生産の現場は、人材力の低下に悩んでいる。「このままではまずい」と、大きな危機感に見舞われた国内製造業各社は、改めて人材力の強化に挑み始めた。目標とするのは、技術者こそが財産だったかつての「技術立国ニッポン」の興隆を取り戻すことだ。

 日本の製造業に強さを取り戻そうと、企業が技術伝承を中心とした人材力の再強化に力を注ぎ始めた。国内はもちろん海外も含めて人材を強化し、競争力を高めようとしている。目的は、今後長きにわたって世界で戦えるようにする体制の構築である。


図1 求められる人材力の強化。グローバル市場で海外メーカーが実力を付けるに伴い、多くの製品がコモディティー化していく。日本メーカーが生き残るためには、高付加価値の製品を短期間で、しかも矢継ぎ早に開発していかなくてはならない。そのためにこそ人材力が求められる
 人材力再強化に挑む企業の背景にあるのは、かつてないほどの危機感だ。具体的には、海外勢のキャッチアップによるコモディティー化の恐怖である(図1)。例えば、富士ゼロックス代表取締役社長の山本忠人氏が言うように、「既にコモディティー化したパソコンやテレビの例を見る限り、我々が手掛ける精密機器でも海外勢のキャッチアップが急速に進んでいる」(同社)。

 こうした状況では、誰にもマネできない高付加価値の製品を、従来より短期間で開発しなければ、生き残りが難しい状況になりかねない。イノベーティブな製品を生み出すためには、一にも二にも設計・開発者の発想力や革新技術を開発する能力を高めていくしかない。

 生産部門でも海外勢の追い上げは激しい。現場の高度な技能に裏打ちされた高品質を強みとしてきた日本メーカーだが、新興国メーカーが着実に力を付けてきている。競争優位を維持し、顧客の厳しい要求に柔軟に応えるには、ますます高度な技能や生産技術の力が欠かせない。

■人材力低下の2つの理由

 イノベーティブな製品開発力や顧客の要求に確実に応えられる生産技術力が求められるにもかかわらず、現場の人材力はむしろ低下してしまっている。

 設計・開発現場については、その理由が大きく2つ挙げられる。1つは、若手の学びの機会が減っていることである。かつては、時間をかけてさまざまな経験を積み、自ら考えることで、幅広い知識とノウハウを蓄積していた。ところが、事業規模の拡大とともに、業務の分業化が進んだ結果、技術者は限られた範囲の仕事だけをそつなくこなすことが求められるようになった。そのため知識やノウハウを身に付ける機会や時間が減っているのだ。

 3次元CAD(コンピューターによる設計)などのICT(情報通信技術)ツールの弊害を指摘する声も多い。「かつては一から作り上げていたため、図面上の数字の由来や根拠を考えなくてはならなかったが、今はひな型となる過去の設計図面があり、コンピューター上で変更すればそれらしい設計になる。設計根拠に立ち返って考える機会が減り、設計の思想や根拠を学びにくくなっている」(富士電機火力タービン部の岡美樹氏)。

 生産部門も人材力の養成という点では行き詰まりを見せている。大きな問題として浮上してきたのは、装置の自動化の進展などにより、OJT(On the Job Training)の機会を確保しにくくなっていることである。

 例えば化学プラントは、新規建設が少なくなった上に、自動化が進んで設備の立ち上げやトラブル対応を経験する機会が減っている。

 かつてベテランの作業員は、立ち上げなどの非定常作業やトラブル対応、改善といった多くのOJTの機会に恵まれた。その結果、「安定かつ安全な操業に対する高い意識や感性、設備への知識、操業技術を養うことができた」(花王)。

 ところが、現在の多くの設備は自動化が進み、定常運転は設備任せとなった。組み立てや加工の現場も然りだ。溶接や組み立てといった作業は、工業用ロボットをはじめとする自動化設備の導入で人が介在する余地が減っている。

 そうした自動化や機械化によって作業効率が高まり、現場の負荷は減った。反面、それが若手からスキルを磨く機会を奪うことにもなっている。その結果、若手の作業員は、技術・技能の習得に時間がかかり、安全・安定操業に対する意識も弱くなる。ここ数年間、日本のプラントで爆発事故が続発している背景に、若手操業者の技能不足を挙げる声は少なくない。

■今後5年で熟練技能者の40%が引退

 日本企業が頭を抱える人材力の低下に追い打ちをかけるのが、団塊の世代(主に1947~1949年の第1次ベビーブーム期に生まれた世代)を筆頭とするベテラン技術者が定年退職を迎えて職場を去り始めたことである。

 「今後5年で熟練した技能を持つ製造従事者の40%が引退する」(大手電機メーカー)との指摘もある。このままでは設計・開発現場や生産現場から高度な技能が失われ、高品質という日本の競争力の屋台骨が揺らいでしまうとの危機感は、開発・設計部門や生産部門を問わず、強まっている。

 実は、かつても同じような問題が取り沙汰された。団塊の世代が定年に達して一斉退職するという「2007年問題」だ。ただし、当時は年金支給年齢の引き上げを見据えた「高年齢者雇用安定法」の改正による雇用延長・再雇用制度によって65歳まで働く人が増え、当初予想されたほど問題とはならなかった。

 だが、それから5年以上が過ぎ、いよいよ団塊の世代以下の大量のベテラン技能者が職場から姿を消しつつある。例えば、三菱重工業と日立製作所が火力発電事業を統合して2014年2月1日に発足した三菱日立パワーシステムズのボイラー技術本部熱エネルギー機器製造部では、10年前は経験豊富な50歳代のベテランが全体の6割ほどを占めており、人材に事欠かなかった。ところが、今は過半数を30才以下の若手が占めるようになった。

 バブル景気やその崩壊など景気に左右されて採用数が乱高下したことから、スキルやノウハウをベテランから受け継いで若手に引き継ぐべき中堅技能者の不足に悩む現場も多い。日立造船の生産現場は、現在、50歳代以上のベテラン層と20歳代の若手が多く、その間の30~40歳代の技能者が不足しているという。

■過去の代表製品の開発を紐解く

 状況の打破に向けて人材力の再強化に挑む国内製造業。そのための手段は単純だ。ベテラン技術者が持っていたノウハウや知恵、技術を若手にスピーディーに伝承することである。

 「人材力が低下したのは、社員が悪いのではない。むしろ我々会社側の責任である」(国内OA機器メーカー幹部)との考えに基づき、メーカー側がさまざまな策を講じている。そのための実現手段は、設計・開発部門と生産部門で分かれる。

 設計・開発部門の場合、ベテランの知恵を書籍や設計手順書、ICTを活用したツールなどに落とし込む手法が挙げられる。

 例えば、富士ゼロックスの山本社長の肝いりで編纂(へんさん)が始まった「モノ作りテクノグラフィー」(図2)。これは、過去の代表的な製品における開発経緯を紐解いた同社社内向けの冊子で、開発における課題とそれをどう解決したかを、光学技術やトナーの定着技術、紙送りといった複写機・プリンターの要素技術ごとにまとめたものだ。


図2 富士ゼロックスの「モノ作りテクノグラフィー」。要素技術ごとに過去の代表的な製品の開発経緯を振り返ったもの。複写機の基本となる技術とそのポイントが分かる
 日本の複写機開発の黎明期における材料開発や部品の調達、機能開発の苦労を振り返ることで、複写機の技術の源流となるメカニズムと、その要となる技術、先人の知恵を学び、次の技術革新につなげてほしいとの狙いがある。

■ベテランのノウハウをツールに組み込む

 書籍のような形でなく、ICT技術を利用して、効率的に技術や技能を伝承することを目指す企業も相次いでいる(図3)。実際、自動車部品を手掛けるカルソニックカンセイは、製品設計および生産技術開発におけるベテランのノウハウを棚卸しし、社内のイントラネット上で使うワークフロー機能を備えた設計支援ツールに組み込んでいる。


図3 人材育成のアプローチ。ICTを活用して効率的に技術伝承を図るとともに、従来のような場当たり的ではなく計画的なOJTが必要だろう。さらに、それらを補完するためOFF-JTの充実も求められる
 しかも、同社は国内だけにとどまらずグローバルでの開発体制の強化を見据えて、外国人エンジニア向けに全く同じ機能のものを英語版でも提供。これにより開発業務の効率化と国内外の若手技術者の即戦力化を目指している。

 発電プラント向けの蒸気タービンと発電機を設計する富士電機の火力タービン部も、設計ノウハウを盛り込んだ設計手順書や設計計算のためのツールを整備して、技術伝承を図りながら業務効率を高めようとしている。

■計画的OJTやOFF-JTを推進

 一方、生産部門では、OJTの機会を確保しにくくなっている事態を打開するため、大きく2つの方策が今後取られることになるだろう。1つは、現場任せの場当たり的なOJTではない、必要な人材を必要とされる時期までに育てる計画的なOJTの実施である。

 例えば、三菱日立パワーシステムズの熱エネルギー機器製造部は、事業計画に基づいて、「どのような技能を持った人材がいつまでに何人必要」といった長期計画を策定し、それを個人の育成計画にブレークダウンして若手技能者を育てている。

 もう1つの方法が、体験研修や座学などのOFF-JT(Off the Job Training)の強化である。例えば、花王は若手作業者のプラント運転に関する基礎知識やトラブル対応力を養うため、ミニプラントやシミュレーターを使って運転やトラブルを疑似体験する研修の充実を図っている(図4)。体験した内容を研修者同士で議論することでトラブルや異常に対する「気付き」の感度を高めることを狙う。


[左]図4 花王のOFF-JTの様子。ベテランオペレーターが、若手の指導に当たっている
[右]図5 日立造船の「スキルインストラクター制度」。専任のベテラン技能者が若手の指導に当たる
 一方、再雇用したベテラン技能者がOFF-JTで若手技能者にマンツーマンの指導を行う仕組みを導入しているのが、日立造船である(図5)。

 このほかにも、生産現場の技能伝承に向けて電子化された作業手順書を整備し、それまでOJTで教えていた加工の仕上げ工程のノウハウやコツを、写真や動画を使って手順書に落とし込み、若手技能者への伝承を図る動きもある。

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滞納続くマンション管理費、管理組合が取るべき道

滞納続くマンション管理費、管理組合が取るべき道
5年で時効、最後は法的措置

 東京都の会社員Aさん(50)は最近、マンション管理組合の理事長になった。「生活が厳しいので…」という理由で過去3年間にわたって管理費を滞納してきたBさん(65)にどう対処すべきか悩んでいる。理事会では「このまま滞納が続くなら法的措置を取るべきだ」という声も出ているが、具体的にはどんな選択肢があるのだろうか。

 多くのマンション管理組合は管理費の徴収業務を管理会社に委託しています。ただし、標準的な契約書では、管理会社は支払期限から6カ月間、電話や自宅訪問などで支払いを督促するだけなので、Bさんのような長期滞納者への法的措置は理事長のAさんら理事会の責任になります。

 まずは理事会とBさんの話し合いです。Bさんが月々の管理費の支払いを再開してくれるなら、過去3年分は長期の分割払いにするのが現実的な解決方法です。

 その約束は公証役場で「公正証書」という公文書にしておくべきでしょう。一方、支払いの免除はたとえ一部であっても理事会の一存ではできませんので、管理組合の総会に諮ることになります。

 マンションの法律問題に詳しい小川敦司弁護士は「管理費を滞納しているからといってBさんの氏名を掲示したり、共用部分の使用を禁止したりすることは絶対に慎むべき」と言います。名誉毀損や生存権の侵害とみなされて法的責任を問われる可能性があるからです。対立感情が芽生えてしまうと、円満な解決も難しくなります。

 もっとも、話し合いで解決の糸口が見つからなければ、いずれは法的措置を取らざるを得ません。民法では管理費の滞納は支払期限から5年で時効になってしまうからです。時効が間近に迫っている場合は、Bさんに対して内容証明郵便を出して支払いを請求すれば6カ月間だけ時効の進行が止まりますから、その間に準備を進めることになります。

 まず簡易裁判所に「支払督促」を申し立てるのが一般的です。この手続きは書類審査だけなので、法廷に出ていく必要はありません。仮に滞納された管理費が50万円であれば申し立ての手数料は2500円。Bさんが2週間以内に異議を申し立てなければ、裁判所の権限でBさんの預貯金や給与などを差し押さえることができます。

 もっとも、預貯金は口座がある金融機関と支店、給与は勤務先が分からなければ差し押さえることができません。そこで、Bさんのマンション住戸を競売にかけることになるのですが、競売での売却代金よりも住宅ローンが多く残っていると、滞納された管理費は回収できません。住宅ローンの返済が優先されるからです。

 この場合、区分所有法では新しく所有者となる競売の買い手が「特定承継人」としてBさんの滞納した管理費の支払い義務を負うことになります。ただし、滞納している管理費などが多いと競売にかけても買い手が付きにくくなるかもしれません。

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旬のサンマが届かない…トラック新規制の衝撃

旬のサンマが届かない…トラック新規制の衝撃

 北海道のサンマが西日本に、九州のレタスが東日本に届かない――。こんな事態が現実味を帯びてきた。原因は今年1月から適用されているトラックの新規制。安全を確保し過重労働からドライバーを救うはずの規制なのだが、逆に、高いハードルを越えられない中小零細の運送業者を「仕事の放棄」に追いやっている。過酷な労働集約の上に効率化が進んできたという日本の物流の現実が、矛盾となって吹き出した。

■高速バス事故の余波

 「今年は関西の人たちにはうまい刺し身を食べさせてやれないかもしれない」――。

 サンマの国内水揚げ量の6割を占める北海道。中でもトップクラスを誇る釧路市で7月上旬、サンマの荷受け関係者を集めた懇談会が開かれた。8日の北海道東部の流し網漁解禁を控え、議論の中心になったのはトラック輸送の厳しさだった。

 釧路から関西方面にサンマを運ぶ日数はこれまで3日だったが、今年は少なくとも4日はかかりそうだという。たった1日延びただけと思うかもしれないが、鮮魚にとっては致命的。「4日では鮮度が保てない。冷凍も考えないといけない」(地元水産加工会社)。生と冷凍では、刺し身だけではなく焼きサンマにしても味が大きく変わる。水揚げ量が増える8月下旬が迫るが、北海道水産物荷主協会は「実際に西日本にどうやって運んでいいのか、まだ手探り状態が続いている」と頭を抱える。

 「神戸コロッケ」や「RF1」などの総菜店を展開するロック・フィールド。食材調達担当者は今夏、サラダなどに欠かせないニンジン、ダイコン、レタスなどが、主力の静岡工場(静岡県磐田市)に届かない事態を警戒する。こうした暑さに弱い野菜は、夏場、東北や北海道、九州の高原など涼しい遠方地から集めている。だが今夏に限っては、トラック運送会社から突如「納期に間に合わない」「運べなくなった」と連絡が入るリスクがあると、春先に取引業者から耳打ちされていた。

 なぜこうした「食卓の異変」が起きているのか。原因を遡ると2012年4月に関越道で発生した高速ツアーバスの事故に行き着く。金沢・富山―関東を片道3000円台で運行するバスが藤岡ジャンクション付近で防音壁に激突。乗客7人の命が失われ、乗客乗員39人が重軽傷を負った、あの惨事だ。

 「眠気を感じたのに運転を続けた」。前橋地裁は今年3月25日、自動車運転過失致死傷罪などに問われたドライバーに対し、懲役9年6月の実刑判決を言い渡した。ドライバーの責任もさることながら、事故から明らかになったのは、安全よりコストを優先しがちの運送事業者の姿勢だった。

 短期雇用で十分なドライバー教育をしない。名義貸しによる無許可営業。車両整備を怠る――。問題を重く見た国土交通省は昨秋、バスだけでなくタクシーやトラックなど自動車運送事業者全般に対する監査方針・行政処分の基準を改正。今年1月からその適用を始めたところ、北海道と九州の中小零細トラック業者を中心に大混乱が湧き起こった。

トラックのドライバーの労働時間は例外的な場合でも16時間が上限だ

トラックのドライバーの労働時間は例外的な場合でも16時間が上限だ

 「今までのようには荷物は届けられない」「仕事を断るしかない」「減車する」「働き者のドライバーにやめてもらう」……。理由は「新ルールの違反で処分されると、即廃業になるから」だ。

 実はトラックのドライバーの労働時間(1日の拘束時間)は労働基準法に基づく「厚生労働大臣の告示」という公的な縛りで、基本13時間、例外的な場合でも16時間が限度と決められている。15時間を超える回数は1週間に2回以内。さらに睡眠を含む1日の休息は連続で8時間以上とらなければならない。

■即退場でルール厳守を迫る

 つまり、長距離トラック1台では最大で片道16時間のエリアしか荷物を運べない。高速道路の渋滞や途中休憩などを考慮に入れると、北海道から南下する場合は東京近郊、九州から北上する場合は名古屋近郊で時間切れになり、そこから先に運ぶには別のトラックに荷物を乗せ替えるなどの対応が必要になる。しかも、その業務に携わったドライバーは翌週まで長距離運転ができない。これが本来のルールだ。

 だがこれまで、中小零細のトラック業者でこのルールを厳守しているのは少数派だった。「配送時間短縮への荷主の要求は高くなっても低くはならないのが業界の常識。業者間の競争も激しく、ルールを守っていたら食えなくなる」(宮崎県のトラック業者)

 実際のルール運用では、国交省は整備や点呼など他の安全管理項目を含めて違反件数を実質的に点数化して、それに見合った行政処分をしている。これまでは、労働基準監督署などの調査で乗務時間違反が露見しても違反点数が一定の範囲で収まっていれば、数台のトラックが短期間使えなくなる軽い処分で済んだ。

 だが、新規制では違反根絶を目指し行政処分を大幅に厳罰化した。労働時間の上限を組織的に無視した場合などは「重大かつ悪質な違反」と認定。「会社丸ごと30日間の事業停止」という処分を下す。1カ月間、すべてのトラックを動かせず、1銭も入ってこない。中小零細トラック業者にとっては、即、経営破綻を意味する厳しい内容だ。

■6月に出た処分第1号

 労働時間の上限を守る方法は実はいくらでもある。1台のトラックに2人のドライバーが乗って交代しながら運転する。中間地点に支社を作ってそこでドライバーを交代する。途中、提携事業者のトラックに乗せ替える。だが、中小零細の運送事業者にとってこれらは机上の空論だ。「増えるコストを荷主は負担してくれない」(福岡市の業者)からだ。

重大なトラック事故が相次いでいることを受け、警視庁交通部などは7月2日、都内97カ所でドライバーに安全運転を呼びかけた(東京都大田区)

重大なトラック事故が相次いでいることを受け、警視庁交通部などは7月2日、都内97カ所でドライバーに安全運転を呼びかけた(東京都大田区)

 では、どうしたらいいのか。一発退場ルールにおびえる業者は知恵を絞る。「フェリーを使ってドライバーの休息時間を確保する」(北海道苫小牧市の業者)。「長距離の仕事はやめ、その分をカバーする近場の仕事を一生懸命探している」(北海道千歳市の業者)

 「厳しい仕事はどんどん下請けに回すようにしている」。北関東の中堅業者は、こんな実態を明かした。トラック数百台の業者から、数十台の業者へ。そして数台の業者へ。「個人に近い末端業者は今もルール違反をいとわない」。だが、末端へのしわ寄せにも限界が来ている。

 九州のある小さな業者は近く廃業する予定だ。数カ月前、労働基準監督署の職員がやってきて、ドライバーの日報と走行メーターの記録を持って行ったという。食材の戸別宅配会社向けに九州の新鮮野菜や特産果物を関東地方に届ける業務が安定収入だったが、これがあだになった。「16時間の上限など気にしない”優秀”なドライバーに毎週関東に行ってもらっていた。このままでは確実に処分される。その前に世話になったドライバーには次の職場を見つけてもらいたい」。自らも時々ハンドルを握る経営者は、既にあきらめたのか、法令違反の勤務実態を淡々と語った。

 国土交通省自動車局安全政策課によると、6月、全国初となる30日間の事業停止処分が関東の事業者に対して出た。近く重大な違反を犯した静岡県の事業者にも処分を出す方向だという。おびえが現実になったことで、長距離の仕事を手控える動きが運送業者の間で加速するのは確実だ。

■トラック野郎の夢

 長距離トラック運転手の代名詞、「トラック野郎」。俳優の菅原文太が主演した同名の映画が封切られたのは1975年で、79年までにシリーズ10作品が制作され国民的な人気を博した。高速道路が整備され、陸運が日本の経済発展を下支えした時代。銀幕の中で主人公の星桃次郎は愛車「一番星号」に乗り、日本全国を走り回った。

 この頃、星と一番星号にあこがれて長距離ドライバーになった者は少なくない。実際、90年代にバブルがはじけるまでは、きついながらも高給を得られる人気職種だった。20代に体力にまかせて数千万を稼ぎ、自分のトラックを買う。30代に仲間と運送会社を立ち上げ、さらに稼ぎまくる。派手な装飾の「デコトラ」は成功の証しで「フェラーリが買えるような資金を投じるドライバーも少なくなかった」(自動車部品店、トラックショップジェット千葉店店長の荒川久)。

 「仕事に一度出たら10日前後は家に帰らないのはザラ。その代わり月給は社長より多く、100万円を超えるのが当たり前だった」。こう語る大阪府門真市のドライバーは23歳からハンドルを握り、現在61歳。バブル崩壊後の「失われた20年」は、需要縮小と競争激化で月額給与は減り続け、今は40万円を割り込んだ。「ルール違反の処分も怖いし体力的にもきつくなってきた。年内に引退したい」

■人手不足のスパイラル

 常態化しはじめた離職、廃業。さらに燃料軽油の高騰でトラック運送業の採算は悪化の一途をたどっている。ドライバーの賃金は引き続き低く据え置かれ、嫌気がさしたドライバーの離職が増加。若者もトラック野郎になりたがらないという負のスパイラル。業界では来年にも14万人のドライバーが不足するという「2015年問題」がささやかれ出した。

 物流大手も危機感を募らせる。5月22日、都内ホテルに物流各社の幹部が顔をそろえた。「特積み」と呼ばれる地域をつなぐ長距離のトラック輸送を担う企業で、ヤマト運輸、西濃運輸、トナミ運輸、札幌通運、名鉄運輸、中越運送、第一貨物、カンダコーポレーションという業界の雄、8社が一堂に会した。

 物流版G8の緊急テーマは「10年先の(トラック)幹線運行を考えるプロジェクト」。代表格であるヤマトホールディングス会長の瀬戸薫は出席者に対して「既存の考え方にこだわらずアイデアを出せば生産性を高められる」とライバルどうしがスクラムを組む重要性を訴えた。地方に荷物を運んだ帰りのルートで空きスペースを都合しあう。複数の事業者がそれぞれの荷物を1台のトラックに乗せる、いわゆる共同運行など、検討するスクラムの内容は、これまで激しい競争を繰り広げてきた企業同士としては考えられなかったものばかりだ。

 長距離トラックを巡る負のスパイラルの影響は目下、鮮魚や青果といった日持ちしないものの輸送にとどまっているが、中長期的にみると、あらゆる物流分野に広がっていくのは確実な情勢だ。大手は提携や値上げを含めた荷主への協力要請で乗り切ろうとしているが、日本のトラック運送業者の9割は中小零細事業者だ。安全性の観点から、そして人手不足の観点から、日本の物流システムが限界に近づいている。

 運送業は、ドライバーの肉体的ながんばりに頼るというビジネスモデルからどう脱却するか。この根源的な難問を解かない限り、納期厳守、即日配送、配送無料を売りにする宅配や製造業を支えるジャストインタイムの仕組みに、ほころびが波及していく懸念がぬぐえない。

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白元が破綻 ハーバード大出身の4代目が落ちたワナ

白元が破綻 ハーバード大出身の4代目が落ちたワナ

5月29日、民事再生法の適用を申請し経営破綻した白元の本社(東京都台東区)=共同

5月29日、民事再生法の適用を申請し経営破綻した白元の本社(東京都台東区)=共同

 ミセスロイド、アイスノン等の家庭用品で知られる白元(東京・台東)は5月29日、東京地裁に民事再生法を申請した。負債総額は今年に入って2番目に大きい250億円。製造業ではかなりの大型倒産だ。テレビCMなどでなじみ深い同社の突然の倒産に驚いた方も多かったのではなかろうか。誰もが知っている有名企業だが、一部週刊誌などで報じられた4代目社長の派手なイメージとは裏腹に、実は会社の内情は火の車であったことが帝国データバンク情報部のその後の調べでわかった。

■初代と二代目は堅実経営だった

 白元は1923年(大正12年)に鎌田商会として創業した老舗企業。創業者の鎌田常助が、ナフタリン防虫剤の製造販売を始めたのが前身となった。その後、50年(昭和25年)に株式会社となり、初代社長には当時営業を担当していた鎌田泉が就任し、その長男の耕、次男の収、そして耕の息子の真が2006年(平成18年)に4代目社長として経営を引き継いでいた。

 このように白元の経営は、鎌田一族による同族経営が築かれていた。初代社長の泉は創業以来「本業一筋」を理念に掲げ、「身の丈に合った経営」を貫くことで業界トップに上りつめてきた。

 今も販売している防虫剤「パラゾール」は50年、冷蔵庫の普及で考えられた消臭剤の「ノンスメル」は63年、72年には靴下止めの「ソックタッチ」など、国民生活における身の回りの小さな快適さを求める商品を世の中に送り出した。周囲からは「ロングセラーの宝庫」と呼ばれる商品をそろえていたことが、老舗ならではの強みとなっていったのだ。「安定と着実の白元」は、こういった創業者の理念が引き継がれてきたからこその評価であった。

 ところが3代目の収が社長に就任したころから、「身の丈」から外れた経営が目に付くようになる。2000年ごろから始まった子会社の設立と、M&A(合併・買収)戦略により、銀行からの借金は膨らみ続ける。中国で現地法人を設立したほか、明治薬品工業、大三、キング化学などを立て続けに買収し、グループの拡大を進めていった。

しかし、結局は事業拡大路線が思ったほどの効果が出ないことから、僅か数年の間に吸収合併や、統廃合を強いられる。結果的に、収の社長就任以来、借入金は3倍以上の80億円弱にまで膨れ上がった。

 そして06年に4代目の真が社長に就任する。慶応大学経済学部を卒業し第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。白元入社後に米ハーバード大学ビジネススクールでMBA(経営学修士号)を取得するなど、輝かしい経歴を持つ新社長は売り上げ至上主義を掲げ、業界の慣習である「政策販売」のワナに掛かってしまう。これは、問屋に対して返品を前提とした過剰販売を行うことをいう。例えば、問屋Aに対して2億円の商品を販売。A社は20~50日後には仕入れ代金2億円を支払うが、一定期間後に1億円分の商品を白元に返品する。すると白元は差額の1億円プラス利息を「特売費」という名目で支払うシステムだ。

■監査法人の忠告を無視

 複雑に見えるが実態は「押し込み販売」。こうすると見かけの売り上げは大きくなるが、余計な「特売費」がコストとなって白元の収益を圧迫する。しかも、返品された商品がすぐに別の取引先に売れるとは限らず、時機を逸すると不良在庫になってしまう可能性が高い。破綻の直前には売上高約300億円のうち、3割を超える95億円がこの「政策販売」だったという。もちろん、このような無理な販売を繰り返せば、赤字の拡大につながるといった指摘は、白元の監査法人からあった。しかし、真は聞く耳を持たなかったことから、さらに傷を広める結果となった。

 実は秘密裏に進めていた再建計画案の策定途上でもこの「政策販売」がきっかけで、ある業者が過剰な取引を持ちかけられたといった噂が広まり、自らの首をさらに絞める皮肉な結果も起こしている。

■100年続く企業の3要素

 帝国データバンクが保有する企業データベースによれば、老舗といわれる「業歴100年企業」には3つの特徴があることが分かっている。一つ目が事業承継(社長交代)の重要性。2つ目が取引先との友好な関係。3つ目が「番頭の存在」だ。白元はこの3つが十分に備わっていなかった。

 社長1代の平均就任期間は約25年、100年では4回の事業承継が必要になる。初代社長の経営理念はほとんど場合、3代先へは直接は伝えられない。そこで「社訓」「社是」といったものが約8割の老舗に存在するが、残念ながら白元の「本業一筋」「身の丈経営」は承継されなかった。

 取引先との良好な関係とは、厳しさの中でも信頼しあえる関係を言うが、社内では真に対して「取引先のカモにされているあまちゃん経営者」との声があった。

 さらに、同族企業にはガバナンスが働きにくい側面があるため、上司・部下、主従といった関係とは一線を引いた、寄り添う関係の番頭が必要になる。その果たす大きな役割はただ一つ「耳の痛い話ができる」こと。白元の場合、そうした人材の登場が少し遅かった。

 今回、火中の栗を拾う形となった、社長代行の間瀬和秀(56)は白元に勤続37年のたたき上げ社員だ。若い頃は住み込みで働いていたという逸話もある。既にスポンサーとして名乗りを上げた企業は50社を超えた。創業時の趣が残る東京上野にある本社ビルから、再建の第一歩が始まろうとしている。

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マレーシア機「事故でなく撃墜」

米副大統領、マレーシア機「事故でなく撃墜」

マレーシア機がウクライナ東部に墜落。墜落現場付近で撮影したとされる爆発の瞬間

マレーシア機がウクライナ東部に墜落。墜落現場付近で撮影したとされる爆発の瞬間

 【キエフ=共同】バイデン米副大統領は17日、ウクライナ東部で墜落したマレーシア航空の旅客機ボーイング777が「事故ではなく撃墜されたとみられる」と語った。米主要メディアは、米情報当局が地対空ミサイルで撃墜されたことを確認したと報じた。ウクライナのポロシェンコ大統領は「テロ行為」と述べ、親ロシア派武装組織による攻撃との見方を強く示唆した。

 マレーシア航空幹部は乗客280人のうち判明した233人の国籍を発表、日本人は含まれていない。15人とされる乗員は全員マレーシア人。国連外交筋は、国連安全保障理事会が18日にも緊急協議を開く方針を明らかにした。

ウクライナ東部のマレーシア航空機墜落現場で、散乱し炎を上げる残骸=17日(タス=共同)

ウクライナ東部のマレーシア航空機墜落現場で、散乱し炎を上げる残骸=17日(タス=共同)

 ウクライナ大統領府は、ウクライナ軍の輸送機AN26、戦闘機スホイ25がロシア領からの攻撃で撃墜された事態に次ぐ「3回目の悲劇」と指摘。マレーシア航空機が墜落した空域で、ウクライナ軍機が攻撃をした事実はないと明言した。大統領は内閣に事故調査委員会の設置を命じた。

 国連の潘基文事務総長は記者団に「完全かつ透明性のある国際的な調査が必要だ」と述べ、真相解明に積極的に関与する考えを示した。

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所沢「産廃銀座」を立て直した女

所沢「産廃銀座」を立て直した女

 ダイオキシン野菜報道で非難を浴びた埼玉県所沢市を中心とする産業廃棄物処理業者。非難の矢面に立たされた最大手業者を、外国人も視察に訪れる「環境企業」へと大転換させた女性経営者の「12年の軌跡」を追う。

 かつて「産廃銀座」と呼ばれた埼玉県南部のくぬぎ山。そこが今、環境学習の中心地に変貌している。森林が整備され、財団法人日本生態系協会から、保全活動で「AAA」という最高ランクの評価を受けた。

瀕死の産廃会社を一変させた石坂産業社長の石坂典子

瀕死の産廃会社を一変させた石坂産業社長の石坂典子

 この「里山再生」を成し遂げたのが、1999年のダイオキシン野菜報道で糾弾され、存廃の危機に立たされた産廃業者であることはあまり知られていない。

 石坂産業(埼玉県三芳町)は、本社の敷地15万8000平方メートルの約8割を森林パークとして整備し、無料開放している。そして環境学習プログラムも提供する。

 本業でも、環境負荷を減らすため、処理ラインを屋内に作って粉塵の飛散を防ぐ。そして、独自の技術で、持ち込まれた廃棄物の97%を再資源化する。こうした取り組みが評価され、昨年、中南米10カ国の大使が視察に訪れた。

■取引先と社員が去っていく

 「会社が潰れるまで反対運動を続ける」。反対派の住民からそう敵視された会社は、わずか10年余りで一変した。地域の信頼も勝ち取った。三芳町長の林伊佐雄は、「石坂産業は町の環境政策の先を走っている」と評価して、連携を図っている。

 この大転換を成し遂げたのは、42歳の女性社長、石坂典子だった。ダイオキシン問題に揺れる会社で、30歳にして父から経営を引き継いだ。

 「反対運動が激しかった時に社長になったから、その後はショックを受けずに済みました」。石坂のその言葉は、就任当初の過酷な経営状態を如実に物語っている。

 反対派住民は、黒煙を吐き出す焼却炉を「諸悪の根源」と糾弾した。石坂産業は、投資したばかりの最新の焼却炉まで廃棄せざるをえない状況に追い込まれる。そして、10億円の借金だけが残った。

 「家業から企業へと変わらないと、淘汰されると思った」。石坂はそこから、地域との対話を始める。

 地元に溶け込むため、敷地を囲んでいた高い塀を取り払った。そして、雑木林を整備しながら、人々を引き寄せて「自然学習の中心地」へと変貌させていく。

 「森が地域との緩衝材になる」

 この大転換は、軋轢(あつれき)も生み出した。取引業者はトラックで廃棄物を運んできて、石坂産業の敷地内で順番を待つ。石坂は、環境負荷を減らすため、エンジンを切ってほしいと頼んだ。

 「おまえ、それが客に向かって吐く言葉か」。そう言ってタバコの吸い殻を投げつけられた。

 従業員教育も、古手の社員の神経を逆なでした。かつては、タバコをふかしながら作業につき、職場で酒を酌み交わすこともあった。そこにISO(国際標準化機構)の認証を取ると宣言した。夜間に講習を開こうとすると、多くのベテラン社員が「やってらんねえ」と言って辞めていった。

 新米の女性社長に降りかかる数々の難題…。中でも、最大の山は、事業の柱である焼却炉がなくなった中で、どう廃棄物を処分するか、その技術を確立することだった。それが、ゴミを資源に変えていく取り組みになっていく。

 「産廃は経済を支える重要な役割を担っている。この仕事にプライドがある」

 石坂は、産廃業者として奔走する父の姿を見て育った。その原体験が、苦境の中で支えになった。

 石坂が生まれた頃、父・好男は東京・練馬でトラック1台を購入して会社を起こした。1982年、所沢市に隣接する三芳町に会社を移している。石坂が中学生の時、工場の落成式があった。飯場の喧噪とともに、その風景は今でも記憶に強く残っている。

■「女にできる仕事ではない」

 高校卒業とともに米国に留学したが、数カ月で大学を中退して、放浪生活を始めた。それを憂いた父は、米ロサンゼルスにいた石坂を訪ねて、会社を手伝うように説得する。折れた石坂は帰国し、事務や営業を担当した。

 そんな99年、所沢産野菜のダイオキシン汚染報道が石坂産業を直撃する。くぬぎ山最大規模の焼却炉を持つことから、反対派の集中砲火を浴びた。反対運動の中心的存在だった関谷豊は、多くの産廃業者と渡り合った。だが、宿敵だったはずの石坂に会うと、他の業者と違うことを感じ取った。

 「この地域から、産廃業者がみんな逃げていった。その中で、石坂さんは我々の声を聞こうとしていた。残る企業は違うな、と思った」

 結局、石坂産業は、年商23億円の7割を稼いでいた焼却炉を廃棄することを決める。そして、企業存続の危機を迎える。本業を失って売り上げが急減すれば、資金繰りに行き詰まることは見えていた。

 この危機を回避するには、これまで通り廃棄物を受け取り、それを同業者に委託して焼却処理してもらうしかなかった。だが、創業者である父は、同業他社に頭を下げることはプライドが許さない。ならば、石坂が「会社の顔」として、頼み込めばいいのではないか。

 石坂が社長交代を口にすると、父は形相を変えた。「女にできる仕事ではない」

 そう一喝されたが、破綻回避に他の道はなかった。しかも、反対派は「石坂産業を潰すまでやめない」と息巻いていた。この対応も、女性が前面に出た方が、冷静に交渉が進められる。

 2002年、父は代表権を握ったまま、「社長」の座を石坂に譲る決断を下す。石坂は「見習い社長のようなものだった」と振り返る。だが、ここから産廃事業の大転換が始まる。

 まず石坂は、ライバル会社への焼却業務の委託に奔走した。「横流しだから、決していいことではない。でも、それで急場をしのぐしかなかった」。同業者に頭を下げて回り、時間稼ぎをしながら、1年半で業態を一変させていく。

■ピンチをチャンスに変える

巨大な作業機械も建屋の中に収めた

巨大な作業機械も建屋の中に収めた

 「設備を全て廃棄したことで、一からラインを作り直すチャンスになった」

 持ち込まれた廃材などを粉砕して、細かく分別していく。そのラインを、一から設計していった。しかも、巨大な建物の中に設備を作っていく。

 「水(湿式処理)には絶対に手を出すな」。父は石坂にそう言い続けた。廃棄物から資源を選別する場合、水に浮かせる方法もある。だが、大きな河川がない所沢地区では、環境負荷が大きい。汚泥も出る。そこで、手作業や風力によって、資源を選別していった。

 農具として使われる唐箕(とうみ)の理論も参考にした。風力を穀物に当てて、軽い殻などを遠くに飛ばし、重い穀物を手前に落とす。重量によって選別するわけだ。

 前例のない作業ラインを構築するため、石坂は全国の機械メーカーを渡り歩いた。通常、産廃業者は、大手商社に依頼してプラント一式を購入する。「この業界では、後で金銭トラブルになるケースが少なくなかった。だから、慣行として、商社をかませて取り引きをしていた」

 だが、石坂は父と一緒にメーカーを回り、品定めをして、個別に発注していった。メーカーは、どういうラインになるのか分からないため、「動作の保証ができない」とひるむ。だが、石坂は「保証はいらない」と言って現金を差し出す。相手は、断る理由がなくなる。

 様々なメーカーの機械を並べて、ラインを組み上げていく。だから、2005年に稼働が始まると、トラブルが頻発した。通常、産廃の資源を分別するラインは、コンベアの上に破砕した廃材を流し、人が選別し、機械でふるいにかける。そのため、ラインが止まることはほとんどない。こうした工程で8割程度が資源化できる。

 だが、石坂産業はさらに800メートルの分別ラインに乗せ、数十もの独自の工程で選別して、97%を資源化する。前例のない取り組みのため、2年が過ぎても年間9000分のトラブル停止があった。

 「機械をうまく動かすには、人を教育するしかない」。そう痛感した石坂は、ISOの取得を決め、挨拶も含めた社員教育を徹底していった。技術スキルの向上のため、「石坂技塾」と名付けた研修会を設け、50を超える講座を用意している。機械や重機を使いこなすなど、高い技能スキルを習得すると、賃金が高い職種に転換できる制度も導入した。社員の技能が向上したことで、機械のメンテナンスも外部委託せず、社員がこなしている。

独自のラインで、廃棄物から分別された「資源」

独自のラインで、廃棄物から分別された「資源」

 こうして業界に類を見ないラインを構築し、トラブル停止もほぼ解消した。そして97%という驚異的な再資源化を達成した。だが、まだ3%の物資は最終処分場に持ち込んでいる。

 「今、この3%をなくす技術を研究している」

 静電気を使って、残留物をより細かく分別しようと考えている。この計画に、機械メーカーは驚愕した。静電気を取り除く機械は作っていたが、「静電気を起こしてほしい」という要請は初めてだったからだ。

■下流から日本経済を変える

 究極の環境経営を目指す──。その理念に共感する社員と取引先が、ふるいにかけられるように残っている。そして、業績も社長就任時の23億円から41億円にまで伸ばした。昨年、石坂はついに代表権を持つことになった。それは、名実共に「最先端の産廃会社」の経営トップに立ったことを意味する。

 そして今、石坂産業にゴミを持ち込む業者が殺到している。バブル崩壊以降、業界全体が投資に及び腰になった。その間に、石坂産業は設備を一新したことになる。しかも、環境対策への規制が厳しくなる時代の流れにも乗っている。勢い、ゴミ収集業者は、都心に近い石坂産業に廃棄物を持ち込む。

 だが、産廃施設は、自治体の許可を取らないと処理能力や構造を変更できない。そこで、石坂産業は値上げをしながら、受入量を調整することになる。これについてくることができる取引先に、客層が絞られていく。

 「経営者にとって、『来てください』と言うよりも、『来ないでください』と言うことの方が難しい」

 それは石坂の本意ではない。廃棄物を持って行く場所がなくなれば、不法投棄につながりかねない。「処理能力を簡単に変更できない制度に問題がある」。石坂は、こうした硬直的な法制度の背景には、「廃棄物は汚いから、その現場を直視しようとしない姿勢がある」と見ている。

 また、日本社会には産廃業者への不信感も根深く残っている。法制度で業者を厳しく縛らなければ、野放図な処理に走りかねない、と。

 そんな現況を打破するには、信頼を勝ち得るしかない。だから、石坂は工場のラインを公開する。さらに、地域の自然環境を整備して、環境学習プログラムまで充実させ、企業人や住民を集めていく。環境意識の高い人々と交流することで、石坂産業の取り組みもより高い水準に磨き上げられていく。

「産廃業者の可能性とプライド」が石坂を動かす

「産廃業者の可能性とプライド」が石坂を動かす

 「産廃について一緒に考える機会を増やして、『自分の目の前から、ゴミがなくなればいい』という意識を変えていきたい」

 そう言う石坂は、企業向けの環境講座で講師を務めている。モノ作りの上流であるメーカーや、それを運ぶ流通業者などに、「下流」である処分現場を知ってもらう意義が大きいと考えているからだ。

 「そうすれば、モノ作りの段階から、最終処分や環境のことを考えてくれる」

 産廃から日本経済を変えていく──。石坂の壮大な構想は、かつてのダイオキシン騒動の中心地を一変し、さらに大きなうねりを生み出そうとしている。

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トヨタの「人づくり」が通じない 新興国の壁 トヨタ自動車

トヨタの「人づくり」が通じない 新興国の壁 トヨタ自動車(下)
ナカニシ自動車産業リサーチ代表 中西孝樹

「1000万台を超える未知の世界で持続的に成長を遂げるためには、人材育成と同じスピードで成長し、身の丈を超える無理な拡大を絶対に避ける『覚悟』が必要」――。5月8日の決算発表で、豊田章男社長のこの発言が印象的でした。屋久島の杉のごとく、「年輪」を重ねるような持続的な成長を人材育成のペースと合わせて目指す考えのようです。

インドでは苦戦(5月、インド・ムンバイのトヨタ販売店)

インドでは苦戦(5月、インド・ムンバイのトヨタ販売店)

 堅実さを肝に銘じた経営方針はトヨタ本来の姿であり、その心構えを、社員を含めステークホルダーに向けて発信することへ異論はありません。ただし、次の成長という高みを目指すことが、組織の活力の維持には不可欠だと考えます。トヨタは国を背負い、様々な社会的要求に応え続ける宿命にあるのであれば、真の競争力に裏付けされた持続的成長を満足いく形で実現せねばならないのです。

■中国、インド苦戦なぜ

 トヨタ自動車がグローバルで成長していくためには、第一に新興国市場で競争力を確立すること。第二に先進・先端技術で競合メーカーを凌駕すること。第三に、お家芸とも言える「ものづくり」の力を維持しつつ、ライバルに勝つコスト力に磨きをかけることが必要だと考えます。この大きなブレークスルーとして2015年に導入されるトヨタ・ニューグローバル・アーキテクチャ(TNGA)と銘打った新しい設計概念に基づくプラットホーム(車台)戦略があります。また、同時に次世代ハイブリッドシステムも導入する計画です。先進国における競争力強化は、これらの次世代技術に磨きをかけることで相応の効果が期待できます。

中西孝樹氏

中西孝樹氏

 ところが、最も高い成長ポテンシャルがある新興国では、トヨタの地位はまだまだ満足のいく姿を示せていません。初めて自動車を購入する人が多くを占める新興国では、低価格の「エントリーカー」分野で競争力ある製品が不可欠で、低コスト生産のノウハウが競争力を左右します。しかし、トヨタは中国、インド、ブラジルといった新興国で成功しているとは言い難い。なぜ、トヨタは出遅れたのか、遅れを取り戻す条件は何なのでしょうか。

 トヨタの新興国ビジネスには、トヨタが得意とする「人づくり」の経営が思ったような成果を生み出せないジレンマがあるようです。トヨタの経営システムの根幹をなす「人づくり」とは、同等の価値観を共有し、「トヨタウェイ」を実践する社員を育成すること。トヨタでは仕事の半分以上が後進教育のための時間とも言われ、どれだけ人を育てたかで出世が決まるとも言われています。この「人づくり」経営は、タイやインドネシアなどの東南アジア、そして米国では見事に強さに結実することができました。特に、20年近くも時間を掛けながらも、米国で高い成功を収めたことにトヨタは大きく自信を深めたと考えられます。

■「親切すぎる」トヨタ

 ところが、中国やインドではなかなか人が定着しない。これはなぜなのか。誤解を恐れずにいえば「トヨタが親切すぎるから」です。トヨタと同等の価値観を共有した現地化を推進するためには、現地社員やマネジャーをしっかり教育する必要があります。トヨタは日本人社員を送り込んで、徹底的に教えこもうとします。

中国では「トヨタウェイ」が浸透しにくい(北京国際モーターショーのトヨタブース、共同)

中国では「トヨタウェイ」が浸透しにくい(北京国際モーターショーのトヨタブース、共同)

 日本なら「面倒見がいい」と好意的に解釈されるでしょうが、例えば中国では「いつも日本人社員が上にいる。風通しが悪く、出世が遅れる」と否定的に見る社員が少なくないのです。割り切って、さっさと現地に任せてしまう独フォルクスワーゲン(VW)などとは対照的です。

 海外の異文化に「トヨタウェイ」を浸透させることは非常に困難で、それは理想論であるのかも知れません。しかし、トヨタは愚直に何年もの時間を掛けながらそれを理解し、会得していく社員を一人でも増やそうと努力をする会社のようです。

 凄まじいスピードで成長し、かつ変化を遂げる新興国市場において、「人づくり」を経営の中核におくグローバル化が成功できるか否か、今後のトヨタを占う上で非常に重要となってきそうです。現実には、トヨタ的な「人づくり」がうまくいかない地域・国というのはあるのかもしれません。その典型は、中国、インドではないでしょうか。

 トヨタは出遅れた国でゼロベースから分け入っていくビジネスが不得意のようにも映ります。アメリカとアジアの成功には、商用車「ハイエース」やピックアップトラックのような根本的な成功体験がありました。そのような成功体験がある国をガンガン攻めるのは得意のようですが、インドのように不得意な市場はなかなか軌道に乗らない。トヨタの経営システムは柔軟性にやや難点があるのかもしれません。

 これを打開し、新興国での競争力を高めるには、グループの軽自動車メーカー、ダイハツ工業を活用するのが有効と考えられます。新興国ビジネスを担当する「第2トヨタ」を率いる伊原保守副社長はダイハツの活用をはっきりと打ち出しています。

ダイハツとの協業が新興国開拓のカギ(ダイハツがインドネシアで発売した小型車「アイラ」)

ダイハツとの協業が新興国開拓のカギ(ダイハツがインドネシアで発売した小型車「アイラ」)

 ただ、ダイハツとの協業の必要性は昔から指摘されているのに、なかなかうまくいかない。これはなぜなのか。

 トヨタはもともと自前主義が強いので、ダイハツに任せきるという行動をなかなか取れなかったことがひとつの要因としてあります。また、ダイハツの経営資源が限られていたという問題もありました。さらに、トヨタ社内で「ダイハツ様」と揶揄(やゆ)されたほど、ダイハツのプライドが高かったことも要因です。しかし、両社の協業は新たなステージに向かい、「第2トヨタ」躍進の原動力のひとつとなりそうです。

■パワートレイン刷新でライバルに後れ

 インドネシアではトヨタとダイハツの協業は大変うまくいっており、現地の低価格エコカーの市場で主導権を握っています。「ガラパゴス軽自動車(ガラ軽)」と揶揄される日本の軽自動車の生産・開発ノウハウをうまく活用していることが要因です。この低コストモデルは世界展開の可能性があります。インドネシアの次はタイ、インド。その先に中国、ブラジルなど多くの新興国への展開もあり得るでしょう。トヨタが新興国をターゲットにする新ブランドを立ち上げるシナリオも考えられます。

 先進・先端技術で競合メーカーを凌駕することは一見トヨタのお家芸ですが、実はハイブリッド成功の陰で、従来型のパワートレイン(エンジンなど駆動系)やモジュールを多用する先進的なプラットホームの刷新で出遅れたことは否めません。ハイブリッド技術ではトヨタはライバルを大きく引き離しているのは誰もが認めるところです。しかし、内燃機関そのものの強化、例えばエンジンの直噴化、高効率化、小排気量過給(いわゆるターボ)などの導入などで遅れています。ハイブリッドで成功しすぎたトヨタにやや慢心があったうえ、リーマン・ショック後の大幅赤字で守りの経営を迫られたため、対応が遅れたのです。

トヨタは中国へハイブリッド(HV)技術の移転を急ぐ(中国江蘇省にあるトヨタのHV研究開発拠点、共同)

トヨタは中国へハイブリッド(HV)技術の移転を急ぐ(中国江蘇省にあるトヨタのHV研究開発拠点、共同)

 ライバルは内燃機関の刷新でどんどん先を行きます。欧州メーカーはもちろん、国内メーカーでもホンダはガソリンエンジンの直噴化を完了し、小排気量過給エンジンもサイズごとにそろえる段階に来ています。トヨタが同様のレベルに達するには2018年頃までかかるでしょう。しばらくは旧世代のパワートレインで世界のライバルと戦わないといけないわけです。

 ハイブリッド比率の高い日本市場では競争力を落とすことはないでしょう。しかし、日本以外の市場で、ハイブリッド一本で戦えるかどうかは疑問です。米国と中国では小排気量過給エンジンの存在感が急速に増しているからです。

■中国での成長の切り札とは…

 特にトヨタにとって、中国は厳しい戦いになる懸念があります。中国はハイブリッド車に補助金を出すとも伝えられていますが、まだ不透明です。環境問題と国家安全保障問題を抱える中で、短期間で加速度的に燃費を改善するには、多くのメーカーがメリットを受けやすい小排気量過給エンジンの普及に弾みをつけるのは当然だと考えられます。現在、中国でのターボエンジン比率は15%程度と言われていますが、2020年には50%まで上昇する可能性があります。

 トヨタは知的財産権(IP)を中国に残す形で中国とハイブリッドシステムを共同開発し、補助獲得とコスト削減を実現し普及に弾みを付けようとしています。これがトヨタの中国での成長の切り札となりえます。中国としてもハイブリッドのIPを手中にすることは魅力的であり、軌道に乗れば中国でハイブリッドが市民権を得られる可能性があります。

 ハイブリッドを世界の主流に育成することは単にトヨタの成長のみならず、日本のものづくりの維持にもつながることです。トヨタの掲げる「国内300万台生産」を維持するには、日本から輸出しても儲かる付加価値の高いクルマを生みだすことが必要です。世界でハイブリッドが受け入れられる時代には、現地生産化もどんどん視野に入ってくるわけで、トヨタは更に先端の技術革新に取り組むでしょう。2015年にも市販予定の燃料電池車はその最有力候補です。ハイブリッドから燃料電池車へリレーされることで、国内生産も維持できるわけです。このようにグローバルで成長し、技術開発で先行して初めて、トヨタは国を背負い様々な社会的要求に応えることができるのです。

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米無人偵察機、三沢に一時配備

米無人偵察機、三沢に一時配備 【共同通信0501】
 青森県三沢市は1日、無人偵察機グローバルホークが5月下旬に米軍三沢基地(同
市)へ一時配備される見通しだと明らかにした。東北防衛局から市に連絡が入った。
具体的な日時は知らされていないという。
グローバルホークは米軍がグアムで運用する無人偵察機で、地上から遠隔操作す
る。現地の台風シーズンを避けるため、5月から10月ごろまで2機を米軍三沢基地
に配備する予定。同機が国内で配備されるのは初めて。
国土交通省は、三沢基地周辺を飛行する小型機やヘリコプターの操縦者に対し、グ
ローバルホークへの注意を呼び掛ける航空情報(ノータム)を出している。

注:RQ-4 グローバルホーク (RQ-4 Global Hawk)は攻撃能力を持たない純粋な偵察機
である。
全幅:35.42m
全長:13.52m
全高:4.64m
最大離陸重量:12111kg(27万ポンド)
巡航速度:343kt
実用上昇限度:19800m(6万5000フィート)
フェリー航続距離:12,000nm

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「アジア版NATO」 首相、石破氏に調整指示 実現へ3つの関門

「アジア版NATO」 首相、石破氏に調整指示 実現へ3つの関門

 安倍晋三首相は6日、石破茂幹事長ら自民党幹部と相次いで会談し、集団的自衛権の行使容認に向けた手続きを調整するよう指示した。石破氏は同日、軍事的な台頭を続ける中国への抑止力として「アジア版NATO(北大西洋条約機構)創設構想」も披露。構想の前提は自衛隊による集団的自衛権行使が必要だが、実現には「3つの関門」があり、波乱含みの展開が予想される。(峯匡孝)

 石破氏は首相との会談後、国会内で開いた会合で「中国の国防予算が伸び、米国の力が弱まる。この地域では中国とのバランスを取らねばならない」と述べ、「アジア版NATO」に言及した。

 欧米の自由主義諸国が旧ソ連圏と安全保障で対抗するために結成したNATOのように、アジアでも米国を中心に東南アジアなどと連携した対中国の安全保障体制の構築が必要だとする考えだ。首相の意向に沿った発言というのが衆目の一致した見方で、国際社会で主導的な役割を担う安倍政権の「積極的平和主義」を具現化する構想といえる。

 構想の実現に、集団的自衛権の行使容認は避けて通れない。石破氏は会合で、行使容認について「今回やり損なうと、当分だめだろう」とも述べた。

首相は、年末までに行う「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の再改定に行使容認を組み込むため、有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が報告書を提出する4月中に与党協議を開始し、通常国会の会期末までに憲法解釈の変更を実現させたいところだ。

 ≪公明の同意≫
 しかし、公明党の同意という関門が立ちはだかる。
 首相サイドは、公明党の同意が得られない場合、解釈見直しに賛同する日本維新の会、みんなの党との連携も視野に入れている。だが、連立政権の組み替えに発展しかねず、自民党の一部が公明党の選挙協力がなくなることに反発することも想定される。

 ≪野党との論戦≫
 次の関門は、6月22日に会期末を迎える国会での論戦に移る。首相の答弁が整理されていないと、野党各党が激しく追及し、終盤国会は混乱に陥りかねない。

 首相と面会した後の石破氏と高市早苗政調会長はそれぞれ「各党、特に与党内の理解と国民の理解を得た上でやらねばならない」、「いつまでに(閣議決定する)と申し上げる段階にない」と慎重に語った。

≪関連法案審議≫
 3つ目の関門は、秋に予定される臨時国会だ。首相は、自衛隊法や周辺事態法などの改正案を臨時国会で成立させる構えだが、来年10月の消費税10%引き上げの是非を決断する時期と重なり、政権にとっては厳しい国会運営になる。

 夏の内閣改造・自民党役員人事で強力な布陣を敷けるかもポイントになりそうだ。

【用語解説】集団的自衛権
 同盟国など自国と密接な関係にある国が攻撃を受けた場合、自国に対する攻撃とみなして反撃する権利。国連憲章51条は個別的・集団的自衛権を加盟国固有の権利として認めているが、日本政府は「保有しているが、憲法上、行使は許されない」と説明してきた。

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